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未踏に挑み、オンリーワンを生み出す
新・日本型人づくり
興研の経営哲学と人事評価制度

定価(税込)  1,540円

著者
サイズ 四六判
ページ数 186頁
ISBNコード 978-4-526-08210-8
コード C3034
発行月 2022年04月
ジャンル 経営 電子書籍

内容

産業用防塵マスクでトップシェアを誇り、「クリーン、ヘルス、セーフティ」の分野で世の中にないユニークな製品を次々に送り出している興研。本書は、興研・酒井眞一郎会長の経営哲学と、それを具現化する人事評価制度「HOPES」、その下で開発された技術開発実例(次世代クリーンルームシステム、高性能マスク等)にフォーカスする。


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酒井眞一郎  著者プロフィール

(さかい しんいちろう)

(登記名 酒井 眞一)

1941年生まれ
1964年 早稲田大学第一商学部 卒業
1964年 レナウン商事株式会社 入社
1967年 興研株式会社 入社
1981年 同社 代表取締役社長
2003年 同社 代表取締役会長(現在)
2006年~14年 公益社団法人 日本保安用品協会 会長
2013年 厚生労働大臣功労賞 受賞
2016年 旭日小綬章 受章

目次

プロローグ
コロナ禍で発揮された
「日本製造業」の組織力
新型コロナウイルスが世界を一変させた 
パンデミックの可能性に、興研内にも緊張が走る 
医療崩壊の瀬戸際にマスクメーカーとして奔走 
タイ政府の「マスク輸出禁止」命令 

第1章 「人」を大切にする社会を目指して
米国で産声を上げたグローバリズム 
強欲資本主義とグローバリズム 
人を置き去りにして、グローバリズムは増長していく 
今、私たちが選ぶべき資本主義とは 
興研に新しい人事評価制度を 
年功序列への違和感が
独自の人事評価制度「HOPES」の誕生につながった 
金融資本主義的な価値観の裏で失われる「人」としての尊厳 
企業は、「人」の幸せや生きる意味をまったく無視して
存在するべきではない 

第2章 独自の技術開発を支える
ユニークな人事評価制度
三軸独立評価人事システム「HOPES」を構想 
人を競争に追い込んだ資本主義の経済構造 
具体的な目標を経営理念にし、人事評価制度と関連付ける 
人事評価制度は、社員に納得されるものでなければならない 
結果と行動、どちらの評価もバランス良く行う 
日本で生まれた年功序列の評価基準 
日本を発展させる、強い人事評価制度「HOPES」 
管理職は地位ではない 
一般的な管理職名を使わない 
資格制度と表彰制度を連動 
「扱いづらい社員」もマイスター制度で評価する 

第3章 世の中にないものを作る技術開発力
オープンクリーンシステム「KOACH」 
新しい原理によるプッシュプル型換気装置の開発に成功 
KOACHの誕生 
伝わらない、KOACHの本質 
もっと大きなスペースをクリーンに 
ルーム型KOACHの開発へ 
KOACH用の超微細繊維フィルタ「FERENA」の開発 
想像をはるかに超えた、FERENAのクリーン度の高さ 
なかなか受け入れてもらえない、新しい技術 
評価は高くても、決裁が下りない 
KOACHが「十大新製品賞」本賞を受賞 
JIS改訂がKOACHに光をもたらした 
予想外の展開 
高性能マスク「ハイラック」 
規格改訂による危機を新たなマスク開発で乗り切る 
わずか3カ月で、新たな使い捨てマスク「ハイラック」の開発に成功 
マスク業界の驚くべき常識 
ハイラックの地位を不動のものにしたマスク漏れ率試験器の開発 
成功の陰に、日の目を見ずに消えていった多くの製品がある 

第4章 社員全員が「先に進む」ための
先進技術センター
飯能に開設した興研先進技術センター 
ようやく、「ここだ!」と思える土地と出会う 
未来永劫、世界初の技術を開発し続ける
「先進技術センター」を創りたい 
リフレッシュルームにはサンドバッグを 
これからの興研の、あるべき姿とは 
分からないなか、正しい経営について考える 
イマジネーションとクリエーションこそが、今求められる力 

エピローグ
願いは、さらなる未来へ
連携しないマクロ経済とミクロ経済 
正しい資本主義社会を生みだすために 

あとがき 
興研●年表 

はじめに

コロナ禍で発揮された
「日本製造業」の組織力

〇新型コロナウイルスが世界を一変させた
 2020年、人類にとって歴史に残る大事件が起こりました。新型コロナウイルス感染症の世界的大流行、いわゆるパンデミックです。中国湖北省武漢から始まった感染症がまたたく間に広がり、世界経済は大混乱、収拾不能に近い状態にまで追い込まれました。
 実は私は、この年の年頭、社員に対して「近くカタストロフィーが起こる」と言っていました。もちろん、新型コロナウイルスを予言したわけではありません。
 私が話したことは、米国における金融資本主義が多くの欠陥を露呈し、それが限界に近づいている。そして、鵺のような、得体のしれない資本主義といえる中国の経済がごまかしの限界に近づいている。その二つを原因として、米中経済戦争がいよいよ世界の経済を混乱させるようになるだろうということです。
 しかし、年明け早々、そうした私の予想とは違う、別の大事件が起きました。それが新型コロナウイルスです。まさに恐竜がいた時代に突然、巨大隕石が衝突し、その時を境として地球の生態系を変えてしまったように、このウイルスはこれまでの経済体制を変えようとしているのです。人々は一気に従来とは異なった生活を強いられました。
 ウイルスは、多くの人々に不運を、そして一部の人に幸運をもたらしました。もちろん、幸運でも不運でもない人も多くいました。しかし、何も影響を受けなかった人は皆無と言ってよいでしょう。
 マスクメーカーである興研には、一気に大量のマスクの注文が舞い込みました。特に医療用マスクとされる、N95規格をクリアした「ハイラック」に。
 ハイラックは、新型コロナ以前から感染症指定病院の50%、保健所の75%に納入されていました。もっとも通常は感染症といっても対象は結核です。専門病院もベッドはせいぜい2床から4床しか用意されていません。しかし興研は通常、月に10万個から12万個のマスクを納入していました。
 N95は一般にはひどく誤解されていて、医療用マスクの代名詞になっています。しかし、「N95」という名称に、「医療用」という意味はまったくありません。N95は、米国の職業用マスクの規格の一種を示すものです。従って一般産業用にも使われます。
 日本にも同種の規格があって、「DS2」が同じレベルのものです。ハイラックは米国のN95と日本のDS2の両規格の検定に合格していますが、医療用とは別に、産業用として月に60万個ほど販売していました。
 一方、医療用としては、WHO(世界保健機関)が「結核用のマスクはN95またはそれと同等以上の規格に合格したものを使うように」と通知し、それを米国のメーカー、スリーエム(3M)が日本の病院に啓発したものですから、ほとんどの病院が3MのN95規格のマスクを使用していました。
 このような経緯でN95が医療用の規格として定着していったというのが、正確な経緯です。そんななか、「なぜ、ハイラックが感染症指定病院や保健所に納入できていたのか」については、後で述べることにします。

〇パンデミックの可能性に、興研内にも緊張が走る
 新型コロナウイルスはまず中国で、そして欧州や米国、さらには日本を含む全世界に広がっていきました。3月後半から4月になると、国から緊急事態宣言が発令され、日本中が大パニックになったのです。それに伴い、医療用、一般用を問わず、マスクの需要が急激に高まりました。
 ところが、日本で売られている医療用や一般用のマスクは、3Mも含めて7割が中国製だったのです。中国からのマスクの輸入がストップしてしまったため、日本中がマスクパニックに陥ってしまいました。
 この影響で、国内で全体の60%、タイで40%のマスクを生産していた興研は、一気に大量の注文を受けることになりました。興研がそうした大量注文にどのような対応をしたのかを述べましょう。当然のことながら、まずは増産対応です。
 2009年、新型インフルエンザが流行しかかったことがありました。その時も興研は今回と同じように、マスコミや投資家に大いに注目されました。
 しかし大した増産もできないうちにインフルエンザの流行が終結しました。その時、私たちは、もしパンデミックになっていたら、「マスクメーカーでありながら何の役にも立たない会社だと、世間から笑い者に近い評価を受けたに違いない」と、大いに反省させられたのです。
 そして、その時にもう一つ考えさせられたことがありました。それは興研内に万一感染者が出たとしたら、操業もできなくなり、マスクメーカーとしての体制すら保てなくなるということです。
 そこで、私たちは二つの決断をしました。第一は、タイに工場を建てることです。その頃、ハイラックは少しずつ需要を伸ばしていて、神奈川県足柄上郡中井町にある生産拠点、中井テクノヤード(興研では工場のことを「テクノヤード」と呼びます)だけの製造では、生産量の限界に近づいていました。そのことから、新しい工場の必要性が高まっていたのです。そして、新型インフルエンザをきっかけに、工場をタイに建てる決断をしたのです。
 インフルエンザは冬場に流行します。日本と気候の異なるタイに拠点を設けておけば、日本で大流行して、中井テクノヤードの稼働に支障が出たとしても、ある程度タイの工場で製造をバックアップできるのではないかと考えたのです。
 第二は、こうした万一のときには「三直」、つまり24時間操業に直ちに移れる態勢を作るということでした。24時間操業と言っても、そんなに簡単にできるものではありません。ただ、人員をそろえればいいというわけではないからです。操業管理も機械のトラブル対応も24時間求められますし、資材や部品の供給に支障が出ては、増産などできるわけがありません。
 そこで、開発部門や研究所の社員に一定期間、中井テクノヤードで勤務してもらい、いざというときに臨時管理者が務まるように、ハイラックの製造管理業務を経験してもらうことに決めたのです。
 何も起こらなければ無用の心配で終わることですが、一度あったことは二度あると、気を引き締めて準備を進めました。

〇医療崩壊の瀬戸際にマスクメーカーとして奔走
 新型コロナウイルスが流行する前、私たちはこのような備えを積み重ねてきました。ここからは、新型コロナが流行し始めた2020年2月以降に、興研の社員たちが取った行動について述べていきましょう。
 クルーズ客船「ダイヤモンド・プリンセス号」から始まった日本の新型コロナ騒動は、3月になるとたちまち日本中に広まりました。学校は休校になり、職場ではリモートワークが導入されました。ニュースやワイドショーも新型コロナ一色になりました。3月末にタレントの志村けんさんが感染して死亡したニュースが大きく報じられると、日本中がパニックと言ってよいほどの状況になりました。
 店頭から消えた民間用のマスクはもちろん、中国で大量生産している3M製のマスクが日本に入ってこなくなったことで、医療用のN95規格マスクも品薄になり、興研にも注文が殺到しました。
 興研は、村川勉社長の号令のもと直ちに臨戦態勢に入り、中井テクノヤードは24時間操業となりました。もちろん、興研も世間の会社と同じように在宅勤務を決定したり、WEB会議にシフトしたりしました。しかし受注と出荷の指令を行う業務部は、万が一にも機能不全になることがあってはなりません。そこで2班に分け、本隊は本社(東京都千代田区)に、もう一隊は埼玉県比企郡嵐山町にある埼玉配送センターに急遽作られたサテライトオフィスで勤務することにしました。
 本社勤務班の社員たちは、会社から徒歩2〜3分の距離で行ける近所のホテルに宿泊させ、嵐山のサテライト班の社員たちは、逆行でガラガラの電車で通勤することによって、感染リスクを最小限に抑えさせることにしました。
 かく言う会長の私は、在宅勤務とはいえ、実際はLINEで簡単な報告を受けるだけ。そうです、この緊急時、私は何もしませんでした。したことはただ一つ。「この非常時、社長の指示に従い、全員全力で素早く対応してください」と社内誌に寄稿しただけでした。
 こうして私たちはさまざまな新型コロナ対策を行いましたが、なかでも特にお伝えしておきたいことがあります。それは、医療崩壊の瀬戸際で命がけで戦う医療機関のために、同じく必死で働いた興研社員の姿です。
 前述したように、ハイラックの平常時の出荷量は医療用、産業用を合わせて、せいぜい月に70万個です。これを中井テクノヤードとタイ子会社で生産していました。しかし新型コロナの影響により、たちまち大量の受注が押し寄せることになりました。さらにタイミングが悪いことに、「マスクが足りない」というマスコミの大合唱が、一般の家庭用マスクだけでなく、産業用マスクの仮需要をも生んでしまったのです。
 こうなってしまうと、もう通常の出荷手段では対応できません。「在庫が足りない」「早く納品してくれ」という販売店の怒りの声を電話口でなだめながら、医療用・産業用を問わず、最も緊急度の高いところから最少必要数量を出荷するという綱渡りが始まりました。
 どの医療機関でどれくらいマスクが不足していて、最低でもどれくらいの数量のマスクが必要かという情報は、毎日のように現場に足を運んでいる販売店の力を借りなければ得ることができません。全国の営業所員は、この情報を得るために奔走しました。
 その情報と出荷可能数量を見比べて、何とか医療崩壊を防ぐためのぎりぎりの作業を続けました。時には、1万個の注文であっても200個しか出荷できないこともあったのです。

〇タイ政府の「マスク輸出禁止」命令
 そんななか、とんでもない情報が入りました。2月13日のことです。タイ政府が、タイ子会社で作っているハイラックを日本に輸出することを禁止したのです。
 この頃には、厚生労働省医政局において興研に対する認知度が一気に高まり、その重要性を認識していただけるようになっていました。日本国内での興研のN95規格マスクの製造能力や病院での評判などが伝わっていたのだと思います。何しろ2月3日に初めて医政局に行った時には、「興研さんも3Mのマスクを販売しているのですか?」と尋ねられたくらい、興研に対する医政局内での認知度は低かったのです。
 興研の重要性を認識してくれた日本政府の要請に従って、村川社長は当時の安倍晋三首相にマスクの増産を約束しました。これをお膳立てしてくれたのが経済産業省です。経済産業省は、タイの子会社で生産しているハイラックを日本に輸出できないことを聞くやいなや、日本の危機であると認識してタイ政府への交渉に自ら乗り出してくれました。
 当時の経済産業省製造産業局の藤木俊光局長の名でタイ政府に輸出許可の検討を依頼し、在タイ日本大使館の関係者の方に具体的な交渉をするように依頼してくれたのです。もちろん興研も、現地子会社の社長を兼ねている堀口展也副社長を派遣し、大使館の方とともにタイ政府と交渉しました。
 交渉の経緯を逐一ここで述べることはしませんが、実に紆余曲折があり、交渉は難航しました。やっとOKが出たかと思えば、船積みの寸前でNGとなり、再び交渉を求められることもありました。
 タイ政府としても、国内でN95規格のマスクを生産しているのは興研しかないことが分かって慌てていたのでしょう。ついには、タイ政府の閣議でこの問題が取り上げられる事態にもなったのです。粘り強い交渉の結果、生産量の60%を日本に、40%をタイ政府に販売することで決着しました。
 こうした社員たちの働きで、供給量そのものは絶対的に不足しながらも、全国の新型コロナ患者の受け入れ病院にぎりぎりの数量の出荷を続けることがかないました。
 その結果、9月までに、特定感染症指定病院4カ所のうち3カ所、第一種指定病院55カ所のうち49カ所、第二種指定病院537カ所のうち340カ所、その他、新型コロナ患者の受け入れを決めた病院のおよそ945カ所に小口分納を続けることができたのです。
 9月、10月になっても新型コロナ禍は収束しませんでした。しかし政府が方針を変え、入院基準を重症者に限ったため、マスクが不足する事態は徐々に収まってきました。
 日本における新型コロナ対策の最重要課題は、医療崩壊を防ぐことにあったと私は考えています。そして、この課題の解決に向けて興研社員の判断と頑張りが大きく役立ったと胸を張るのは、私の思い上がりでしょうか。ここに登場した社員の中にスーパースターは一人もいません。どこにでもいる普通の人ばかりです。だからこそ、彼らが大きな仕事をしてくれたことが私の誇りなのです。
 これこそが日本人の得意とする仕事ぶりであり、自由を尊重し、個人プレーを尊重する米国の経営にはない組織力の発揮だと思うのです。私たちが米国経営のマネをしても、米国の会社のようにはとてもなれません。良い結果を得ることもないでしょう。日本人が得意とする力を引き出すことができ、力強い結果につながるマネジメントづくりこそ、日本の会社が今、行わなければならないことなのではないでしょうか。

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