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日本製造業の後退は天下の一大事
モノづくりこそニッポンの砦 第3弾

定価(税込)  1,980円

著者
サイズ 四六判
ページ数 272頁
ISBNコード 978-4-526-08083-8
コード C3034
発行月 2020年09月
ジャンル 経営

内容

国内市場が縮小する中、モノづくりで生きていく中小企業が人・モノ・技術・経営資源の「選択と集中」を図る道筋をズバリ解説する。中小でもグローバルで勝負できる体制構築と現地人材強化の進め方を伝授。アジア進出により知り得た多様化や世界基準の対処法を明かす。

伊藤澄夫  著者プロフィール

(いとう すみお)
1942年6月4日生まれ
1961年 三重県立四日市商業高等学校卒業
1965年3月 立命館大学経営学部卒業
1965年4月 ㈱伊藤製作所入社
1968年9月 名城大学理工学部(2部・夜間)4年中退
1986年6月 ㈱伊藤製作所社長
2017年4月 2017年春の叙勲「旭日単光章」受章
要職
㈳日本金型工業会 国際委員長 副会長歴任
中京大学特別栄誉客員教授
国立ソウル科学技術大学校金型設計科 名誉教授
神戸大学非常勤講師
著書『モノづくりこそニッポンの砦』
  『ニッポンのスゴい親父力経営』

目次

プロローグ 〜皆様とともにモノづくりの繁栄を目指す

第1章 若きリーダーに未来を託す
若者の製造業離れを何としても食い止める  財政赤字は心配ない?
海外に流出する日本人技術者

第2章 日本の技術力
日本に対する各国の信頼感が増している  日本のノーベル賞受賞にアジアから羨望の眼差し  日本への尊敬が復活  ノーベル賞から遠い中韓  今後の主流は電気自動車かハイブリッド車か  橋本教授のHV評価  インフラの完備  アセアン諸国では日本企業と合弁会社設立が流行  安全保障と日本の技術力  日本は永久に海外侵略をしない  日本のモノづくり力を外交の切り札に  日本の技術力に再び脚光  日韓の技術力の実態

第3章 ピッカピカの誇れる会社を目指す
その1▽社員を大切にする経営
家族へのお年玉  気配りの経営
その2▽技術開発と原価低減
製造業の原価低減努力が国家と国民を豊かにする  高嶺の花だった初の本格国産車  変化する顧客企業の技術要望  風呂釜から学んだコストダウン
その3▽時代が変われば変化する利益と設備稼働率の関係
段取り替えのデメリット  金型つけっ放しの効果は甚大  人件費と機械償却費  スクラップコンベアや自動箱替え機で合理化
その4▽養育と躾

第4章 フィリピン進出が成長軌道を確かにした
タイ進出を検討も経済情勢の変化で断念  合弁会社から独資へ  タイ進出をあきらめフィリピンへ  優れたローカル社員  日系企業は大人気  わが人生最大のピンチ 加藤美幸副社長の急逝  誕生日を祝ってくれる現地社員  育つ海外の人材  海外事業所の業績と今後の進め方  国籍は関係なし、できる人をリーダーに  日本人がやるべき仕事をフィリピン人がこなす  旧知の韓国人を副社長に  20周年記念式典の出来事  金型輸出専用工場とは  フィリピンという国は本当に治安が悪いのか  諸国と比べて半分に満たない昇給に不満を言わない不思議  日本本社に駐在するフィリピン人たち

第5章 日本の常識が通じないインドネシア
工業会によるインドネシア公式訪問で関係強化  驚きの好条件に方針転換  中小企業の海外進出の成功率を下げる日本の税法  フィリピン技術者を派遣  理不尽な法律や習慣  理屈に合わない税法

第6章 安倍総理と経済ミッション団が
東南アジア4カ国訪問
フィリピン進出が正しかったことを改めて痛感  政府専用機でドゥテルテ大統領の故郷を訪問  現地での熱狂的な歓迎ぶり  ボゴール宮殿での晩餐会  安倍総理ハノイで内外記者会見  安倍総理が当社を紹介  ドゥテルテ大統領来日の晩餐  フィリピンの立ち位置を推測する  日韓の正しい歴史本が今、韓国でベストセラーに  勇気ある学者の一石  実現遠い日韓のコラボ  日本が得意とする半導体生産がサムスンに移った理由  前例のない生産体制  技術力だけではダメ  韓国の大学の名誉教授を降りた理由  真実であれば苦言も受け入れられる  安倍総理は嫌いだが、リーダーの資質を認める韓国人  中国とは絶縁し東南アジアと生きる  外交とは話し合いより軍事力で決まる  習近平主席が安倍ニッポンに急接近してきた  安倍総理とトランプ大統領との蜜月  中国を潰しにかかる米国  世界から信頼される日本を取り込みたい中国

第7章 モノづくり復興へ政治と行政、
マスコミに物申す
太陽光発電をいち早く導入してみたけれど  配偶者控除の規制を緩和すれば消費を刺激するはず  実現した中小企業の後継者相続税100%猶予  若者の後継者が増えないことには始まらない  国会に参考人出席し行政へ提言  得意の漁網事業を継がせず金型に舵を切った先代  ファースト・ソロ・フライトで見せた度胸  自分以外はすべてお客様  マジックが人の和を生む

第8章 経営者としての伊藤澄夫ができるまで
栄養失調で死にかけた幼少期  小学2年生で習ってもいない計算ができた  誰でもできる!何でもストーリーで覚える記憶術  海外に憧れ、欧米の少女にペンパルを申し込む  四日市商業高校に進学、強豪バスケ部に入部したが…  受験英語を1日6時間で立命館大学に入学  弓道部に入部、鎧を通すほどの矢より有意義な体験  母に余計な心配を掛けたくなかった大学生活  伊藤製作所に入社、技術者目指して再入学

第9章 親父から学んだ社会学と経営
親父の助言1▽「好きでない社員から先に声を掛けろ」  親父の助言2▽「社員の好まない仕事をしろ」  親父の助言3▽「社員は50人以上にするな」  親父の助言4▽「金型をやれ〜親父の決断力と先見性」  金型製作のきっかけとなった爆撃機B―29部品の衝撃  つかの間の喜び  飛行機か金型か  34歳までトラック運転手  「もったいない」の心  小さな無駄はあちこちに  営業部員は野鳩の精神を持ち続けなあかん  これがニッポンの良いところと弱いところ  不思議がられる英語力の低さ  春の叙勲 墓参りで報告
補 稿 戦略家なのか、親父なのか―「規格外の経営者」と評されるゆえん
東北学院大学経営学部教授 村山貴俊

エピローグ 〜学び続けて地域に貢献する

はじめに

プロローグ 〜皆様とともにモノづくりの繁栄を目指す


最近では、理工系大学の先生だけでなく、経済学や経営学系の先生たちともお話をさせて頂く機会が増えている。彼女・彼らとの対話の中で学んだ概念や理論を一部援用しながら、私自身が考える今後の経営の在り方について語ってみたい。

出版の経緯
2004年4月、私は工業調査会という出版社から、「モノづくりこそニッポンの砦」を処女出版した。引き続き2015年10月に、日経BPから「ニッポンのスゴい親父力経営」を出版した。いずれも、業界や官学など様々な方から評価を頂いたが、とりわけ中小製造業の経営者から「参考になった」という声を聞くたびに、この上ない喜びを感じている。残念なことに、工業調査会は2010年8月に事業を停止した。出版社から在庫本をすべて引き取り当社で販売していたが、在庫がなくなった時点で、当社のホームページ(https://www.itoseisakusho.co.jp/)の無料電子版にてお読み頂けるようにした。現在も頻繁に、全国からアクセスして頂いていることに心よりお礼を申し上げたい。
その後、意図せず大学の学生向け課題図書に指定して頂いた。また、海外からの依頼を受けて一部の内容が翻訳され、大学や業界で参考書として使われた。一方で、直接耳にすることはなかったが、「経営者が本を出す必要があるのか?」「経営に専念すべきではないか?」、さらには「単に自慢したいだけではないか?」という批判も当然あっただろう。しかし、私には、経営での成功を誇示する思いは全くない。これまで多くの方から学ばせて頂いた知見を、広く社会に還元したい。とりわけ、中小企業の次世代を担う若手経営者や同業者の皆様に少しでもお役に立てればとの思いから、改めて筆を執ることにした。
一経営者でありながら、本書を含む3冊の本を執筆できたのは幸せなことで、ご指導およびご協力を頂いた皆様に心より感謝を申し上げたい。本を出版するという作業は想像以上に大変で、単に目立ちたいという利己的な動機だけで執筆は続けられない。自分の実績を誇示したいのであれば、本よりももっと気楽で、効率的な方法はいくらでもあるだろう。

なぜ、私が本を執筆するのか?
本書をご覧になると分かると思うが、私の考えや知見は、多くの方との関わりで作り上げられてきたものである。先代社長である親父からの人生訓や助言は、今もしっかり心に留めている。義務教育や高校・大学での学びも、経営を行う上で大変役立っている。若い頃には、現場の職人たちから技術やノウハウ、しきたりについて厳しく教えを受けた。また、取引先の大手メーカーの経営者や管理者からは、経営や営業で必要なスキルをご教示頂いた。さらに、理工系大学の先生たちと金型や生産技術に関する共同研究を行い、最近では社会科学系の先生方との企業調査も積極的に受け入れていることは冒頭で述べた。そのような対話を通じて、多くの学術的知見を学ぶことができたと思っている。
要するに今、私が持っている経営や技術に関する知見とノウハウは、確かに私の中にあるものだが、同時にこれまで学ばせて頂いた多くの方々の知見の束ないしはレガシー(遺産)であり、私のものであると同時に私のものではないのである。
社会科学系の先生方との対話の中で、経済の在り方が徐々に変容してきているとの話を聞いた。これまで資本主義社会は「専有と競争」を大きな特徴としてきたが、これからは「共有と協調」という視点が重要になってくるという。シェアード・エコノミー=Shared Economyの潮流ともいえるが、確かに我々の自動車産業でも将来的な技術の方向性としてCASE、すなわちつながる=Connected、自動運転=Autonomus、電動=Electric、そして共有化=Sharedが注目されている。
今は新型コロナウイルスの影響でやや苦しんでいるが、例えば自家用車をタクシーのように共有するUber社や自宅をホテルのように共有するAirbnb社など、まさにシェアードを切り口とした新興ビジネスが台頭し始めた。また、トヨタ自動車も様々な思惑があると噂されているが、ハイブリッド技術を無償公開し、パワートレインで他社と連携を推し進めることで、地球温暖化という人類が直面する課題に立ち向かおうとしている。
「あの親父は言いたい放題で仕方がないな」と、周囲の人たちが優しく許してくれる年齢を迎えた。これを機に、自分の中に暗黙知として蓄積されてきた知見やノウハウを、書き物を通じて形式知に転換し、社会へと還元する義務があるのではないかと思い始めた。
これまで私が行ってきた経営は、当社が置かれた時代や状況の中で、幸いにも一定の有効性を示してきた。しかし、それぞれの会社が置かれている状況は千差万別である。まして今後、中小企業の若手経営者は、変化に富み不確実で、複雑かつ曖昧な経営環境下での舵取りを求められる(VUCAの時代というらしい)。我々の世代が直面してきた経営環境よりはるかに厳しい状況下で、生き残りを図らなければならない。そのために、私のような親父世代は恥をかく覚悟で、モノづくり産業の中で自分が蓄積してきた知見やノウハウを明かし、次世代の後継者や社員たちと企業の枠を超えて共有する必要や責任がある。

私は社会に出てモノづくりに携わり、55年が経過した。この間、オイルショックや円高、リーマンショック、そして現在も復興途上にある新型コロナショックなど度重なる不景気や困難を経験した。予想を上回る数の製造業が倒産や廃業に追い込まれたが、生き残った多くの中小製造業は、以前と比べて強靭な企業へと様変わりした企業が多い。1985年、先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議(プラザ合意)以来、急速に円高となった。このため、輸出を主力としていた当社顧客からの値引き要請は半端ではなかった。顧客要望への対応を図るために合理化や改善を重ね、生き残りをかけて命がけの努力を続けてきた。
現在、存続している製造業は様々なハードルを乗り越えたことで鍛えられて磨きが掛かり、強い体力と技術力を持つ企業になったといえる。何年にもわたって合理化とコスト低減、高品質の製品づくりを継続してきた結果、今や賃金水準の低いアジアの製造業よりむしろ安価で高品質の製品を製造できる企業も少なくない。
最近では一米ドル110円程度で安定しているが、この間の急激な円高で廃業に追い込まれた企業は数えきれない。生き残った企業には大きな強みがあるにもかかわらず、「ウチには何の特徴もない」と口にする社長を見掛けるが、とんでもないことだ。特徴のない企業が、30年も50年も続くわけがない。ただ、自社の強みに気づいていないだけであろう。

金型業界では30年間で企業数が約40%減少したが、総売上高はその割合ほど落ち込んでいない。すなわち、個々の企業はそれぞれ成長しているのだ。創業100年を超える世界中の企業で、日本企業は60%も存立しているといわれているが、日本国民は昔から穏やかな民族で、労使ともに企業を守る姿勢が根底にあるのだろう。
1970年頃より、日本の製造業は目の肥えた世界のユーザーに、高品質の工業製品を洪水のごとく輸出していた。Made In Japanの自動車やカメラ、音響機器、工作機械など安価で高品質な点が評価され、人気を博した。その結果、世界中のマネーが日本に集まり、「日本の勢いはどこも止められない」「21世紀も日本の優位は続く」「雁の群れの先頭を飛ぶニッポン」と世界から賞賛された事実は、平成生まれの若者には理解できないだろう。
1980年代には、日本は世界の超先進国といわれていたような時期があった。国や金融機関、企業に巨額の金が集まったことにより、海外資産の購入や大型公共投資と建設ブーム、分不相応の株式投資や土地購入などがその後のバブル崩壊の引き金となった。

当時、世界から先進国といわれた理由は政治力や金融、農業、建設業などによるものではない。世界中から妬みを買うほど輝いた日本の舞台裏を支えていたのは、製造業の頑張りだった。1980年代以降にアジア各国を訪問すると、「日本の政治は三流、モノづくりは一流」といわれた。国家や国民がこれを認識しなかったことで歯車が狂ってきたのだ。
農業や建設、金融などのように、政府に支えられてきた業界が世界で打ち勝てる強靭な企業になったであろうか。今では世界の誰もが認める製造業の模範となるようなホンダでさえ、「四輪なんて無理だろう。しばらく二輪だけを生産しろ」とお上から促された時期があった。今や世界のトップの製造業がうらやむビジネスジェットの製造・販売を開始するまでになり、歴史のある米航空機会社を尻目に、受注数もトップに踊り出た。
航空機生産において、米国がどれほど環境面で有利かは分からないが、できることなら日本の地で開発・生産して欲しかった。親から過保護に育てられた子供が平凡な成人になる一方で、親からほったらかしにされた子が苦しさを耐え抜き、立派な成人に成長することと似ている。モノづくりこそが、日本の存在価値を高める唯一無二の手段なのである。
しかし、2020年初頭から、新型コロナウイルス感染症拡大による影響が世界中に広がってきた。これは私の長い経験の中で、経済に最も厳しい影響が現れるのではないかと案じている。まず、いつ収束するかが全く読めないことに危機感を感じる。例え世界大戦が勃発しても、世界中のエアラインがストップすることはない。また、世界中で外出や催し物の開催がことごとく禁じられていることは、すべてのビジネスに底知れない悪影響をもたらす。日本で生まれたアビガンが終息の大きな手助けになればよいのだが。
企業は、生き残ることだけに腐心してこの危機に立ち向かわねばならない。幸い生き残れた企業は従来以上に良い経営ができるはずと期待して、この苦難に立ち向かいたい。

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