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おもしろサイエンス
神経細胞の科学

定価(税込)  1,760円

著者
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サイズ A5判
ページ数 160頁
ISBNコード 978-4-526-07068-6
コード C3034
発行月 2013年04月
ジャンル ビジネス

内容

ヒトの機能、特に五感をはじめとした神経系の働きについては、とても専門的で難解な印象があります。しかし私たちの身の回りには、こうした神経系の働きと密接に関係した商品が数多く存在しています。本書では身の回りの商品に隠された神経系の仕組みを紹介しながら、神経細胞についてやさしく解説します。

倉橋 隆  著者プロフィール

(くらはし たかし)
1990年 筑波大学大学院 修了(理学博士)
1990年─1996年 生理学研究所 助手
1992年 ジョンズ・ホプキンス大学 医学部 リサーチフェロー(上原財団)
1992─1993年 モネル化学感覚研究所・所長招聘リサーチフェロー
1996─1997年 大阪大学大学院 助教授
1999─現在 大阪大学大学院 教授
2010─現在 三重大学大学院 客員教授
【受賞歴】
 モエヘネシールイビトン ダビンチ賞
 米化学感覚学会(AChemS) Takasago賞
【主な著書】
 「嗅覚生理学」 フレグランスジャーナル社 2004年
 「トコトンやさしいにおいとかおりの本」 日刊工業新聞社 2011年(共著)

竹内裕子  著者プロフィール

(たけうち ひろこ)
2000年 慶應義塾大学大学院 医学研究科修士課程修了
2000年 大阪大学大学院 基礎工学研究科 助手
2002─2007年 大阪大学大学院 生命機能研究科 助手
2005年 イタリアSISSA(International School for Advanced Studies)リサーチフェロー
2005年 大阪大学大学院 基礎工学研究科 論文博士取得(理学博士)
2007─現在 大阪大学大学院 生命機能研究科 助教
2010─現在 三重大学大学院 医学研究科 客員研究員
【受賞歴】
 日本生理学会 奨励賞
 FAOPS Young Investigator Award
【主な著書】 
 「匂いと香りの科学」 朝倉書店 2007年(「第4章・第2項:嗅細胞のイオンチャネル特性」を担当)
 The Senses: A Comprehensive References, Six-Volume Set, 1-6.
 「Volume4: Olfactory&Taste 4. Signal Transduction in the Olfactory Receptor Cell」(分担執筆)

目次

はじめに

第1章 神経細胞って何?
1  神経細胞が私たちの体を制御している
2  神経の伝わり方を発見したのは日本人 ─生体電気信号の伝達─
3  神経細胞の働き
4  ヒトの目は100万倍の光強度を見ることができる
5  高解像度を実現する仕組み ─側方抑制─
6  動くものに注目する目 ─パソコンのマウスポインタを目で追ってしまうわけ─
7  車の運転でブレーキを踏むまでは300ミリ秒 ─体の中の情報伝達の流れ─
8  クリスマスツリーがあでやかに見えるわけ ─赤と緑の反対色が目立つ理由─
9  嗅覚の役割
10  匂いに慣れてさらに強い匂いがわかる ─順応の仕組み─
11  臭い匂いを消せ ─マスキング物質─
12  食品の質の劣化
13  聞こえる仕組み
14  味覚の仕組みと栄養と忌避 ─おいしいものとまずいもの─
15  疲れた時には甘いものが欲しい ─生体エネルギー源─
16  腐ったものや苦いものはすぐに吐き出せ
17  熱いことと辛いことは同じ感覚
18  心臓の働き ─電気で動く心筋細胞─
19  熱いものを触ってすぐに手をひっこめることができるわけ ─反射─

第2章 体の中で情報が伝わる仕組み ―神経・細胞・情報の機能と役割―
20  イオンが動くと電気が発生する ─細胞膜の構造、イオンチャネル、イオンポンプ─
21  細胞の興奮過程を知る ─細胞内外での物質輸送・活動電位発生─
22  神経の中を電気が走る ─活動電位─
23  電位が減衰しないで伝わる方法 ─ケーブルセオリーと活動電位、跳躍伝導─
24  神経の興奮を調べる ─心電図、脳波─
25  神経細胞膜の興奮を調べる ─膜電位固定法─
26  膜電流とイオンチャネルの関係 ─イオンチャネルを電気素子として見る─

第3章 イオンチャネル ―神経活動の主役―
27  1分子だけのイオンチャネルの働きを測る ─単一チャネル電流記録─
28  チャネルがイオンを選び流す様子 ─イオン透過性と反転電位─
29  イオンチャネルはどのように開いたり閉じたりしているか ─単一チャネル解析・単一チャネルTimeHistogram─
30  細胞全体でのイオンチャネルの統計解析 ─平均と分散、チャネル数─
31  イオンチャネルの種類 ─イオンチャネルの構造と開口モデル─

第4章 神経細胞内で働くさまざまな物質
32  膜タンパク質 ─受容体・Gタンパク質・酵素─
33  酵素による化学反応の制御 ─ミカエリス・メンテン・アロステリック効果・協同性─
34  構造からみた膜タンパク質 ─イオンポンプの種類・働き─
35  細胞内で分子はどのように動くか ─細胞内因子の種類・セカンドメッセンジャーの動き・拡散─
36  神経細胞から神経細胞への情報伝達 ─神経伝達物質の放出・受容・素量応答─

第5章 感じる仕組み ―感覚を物理化学で解き明かす―
37  視細胞の仕組み ─視細胞と双極細胞、水平細胞のコンビネーション─
38  嗅覚の仕組みは省エネシステム ─嗅細胞─
39  感じる音の大きさは糸の引っ張り具合による?─有毛細胞─
40  謎が多い味細胞
41  熱さも冷たさも感じるTRPスーパーファミリー ─体性感覚─

第6章 神経生理学とは ―神経の活動やイオンチャネルを研究する方法―
42  吸引電極法とは ─視細胞や嗅細胞─
43  パッチクランプ法とは ─種類と方法─
44  カルシウムイオンの働き ─Ca測光法と蛍光法─
45  電気を測定する際の注意 ─測定系での局所回路、リキッドジャンクションポテンシャル、イオンの輸率─
46  光で生体信号を制御できるシステム ─ケージド化合物─
47  神経の働きを見る
48  神経活動研究に使う顕微鏡
49  電気工作やコンピュータ制御

Column
チャネルブロッカーと毒のはなし
活動電位の伝わり方のはなし
視細胞は嗅細胞から分化した?

はじめに

私たちヒトの行動を制御しているのは、身体に備わる神経系です。ヒトは、神経で外界の情報を知覚して、処理して判断を行い、運動するまでのすべての過程を、神経細胞によるネットワークに頼っています。つまり、ヒトがものごとをどのように感じるか、そしてどのように判断してどのように行動するのかを知るために、神経系がどのように出来上がっているのかを理解することが非常に重要になります。
 神経の情報は、電気信号によって伝わります。しかもこの信号は、長い繊維でもまったく減衰することがなく伝えられます。本書で詳しく述べますが、概略しますと、神経細胞には電池が連続的に並ぶように用意されていて、次々に電池がonになっていく仕組みが備わっているので、このような不減衰的な信号の伝導が可能になります。この電池はイオンチャネルと呼ばれるタンパク質で、これらは確率的に振動することで働くことがわかっていて、統計確率的な取り扱いができる物質です。いまやイオンチャネルの実態や単一の分子の動きまでを実時間で観察することができるようになっています。つまり、我々ヒトの感覚から情報処理、行動に至る動きを物質や確率として取り扱うことができつつあるということになります。
 と言っても、このような神経機構の事実が解明され始めたのは20世紀初頭のことで、分子レベルでのイオンチャネルの働きがみられるようになったのも、1970年代のことになりますから、非常に長い歴史を持つ学問分野です。タンパク質の動きが一分子レベルで見られるという研究の先駆けでもあります。それどころか、動物の知覚から動き、そして行動の根源ともいえる神経の働きを物理化学的に説明できるという素晴らしい分野であると言えましょう。しかしその事実とは裏腹に、世間ではあまり内容を知られていないという分野でもあります。大学生でも、体の中を電気が流れているというくだりだけでびっくりする人がたくさんいるのです。
 このような事態となる理由の1つに、高等学校の理系科目のシステムが少なからず影響しているようです。それは、生体を扱うものは「生物」、物質を扱うものが「化学」「物理学」という形で線引きされてしまっていて、相互的にはあまり情報の交換や領域を超えての授業がなされない点にあるようです。確かに、高等学校の生物の教科書を見ても、神経の機構の部分では、あえて物理化学的な記載を避けているかのような定性的な解説がなされています。もちろん、物理や化学の教科書で生体の電気現象やタンパク質の導電性の話は扱われません。
 実は、基礎研究の分野でも、神経を取り扱う分野ではちょっとおかしなことが起こっています。神経の研究が特に活発であった20世紀半ばは、電気通信のブームが起こった時代です。街には電気製品のみならず、電子パーツやジャンク屋があふれていました。アマチュア無線が流行して、世界の人たちとの交信を目的に、多くの方が無線機や周辺の電気回路を独自に組立てました。また同時に高音質オーディオが流行し、中学生までもが趣味として電気回路を勉強していた時代です。そのようなノウハウは、神経の電気現象の理解や研究にも存分に生かされました。目の中にある極小の光センサー細胞(視細胞)に針を刺して光の応答を記録するという実験では、針を刺す際の加速度を得るために目の組織をスピーカーに載せて電圧によって振動を与えました。そういった時代背景ならではの斬新な発想です。しかし、昨今では秋葉原の電気街を見ても、部品を取り扱ったり自作を勧める店は極端に減っています。状況は名古屋や大阪でも同様です。同時に、一般の方たちの電気への理解や関心は極端に下がりました。そのような時勢では、神経の電気現象にかかわる研究を進めることはおろか、理解できるレベルにも達しないという雰囲気すら感じられます。もちろん、電子学科や情報学科の学生は、高度な電子回路の知識や回路の集積化、デジタル通信などの勉強をしますが、生体と関連させることはあまりないようです。いまや、20世紀半ばの電子部品よりも、はるかに高度に洗練された電子部品があふれる時代に、これらを生体の電気現象の研究や応用分野でのモニターに利用しない手はありません。さらには、デジタル製品による制御なども簡単になった時代です。
 その一方で、多くの人が知らないという状況を逆手に取り、生体の仕組みの理解と並行して分子の化学的特性や電気現象、デジタル機器にも精通して研究を進めると、他の分野とはまったく異なった理解ができる余地が残されている分野ともいえます。基礎研究分野でも独創的な研究が生まれ、応用分野でも一味違って、ヒトにやさしく、ヒトを理解した製品を開発することにつながってきます。神経機構の学問分野はこのような特徴を持った代表的な領域なのでしょう。面白いことに、神経の電気現象の理解をするのに、高度な生物学や物理、化学の知識はいらず、高等学校レベルでの知識があれば、それらを統合する形で神経の機構が理解できる状況です。
 またこの分野は、研究分野としても非常に魅力的で、投資が少なくても独創的な研究ができるという分野でもあります。科学機器として売られている製品は数百万円から1千万円以上もする高額なものが多いのですが、それらはあくまでも一般向けです。つまり、いろいろなことができて、さまざまな付加価値がついてしまっているような製品が多いので、使う際にも煩雑になることがあります。神経の研究は生きている材料を相手にする必要があります。細胞が生きている時間は限られますから、その際に操作系が複雑では致命傷になりかねません。実験に必要な機能だけを持った機器を一般のパーツで自作してみると、即時性に優れたものが10万円足らずで出来上がってしまうこともあります。しかも、市販品が備えていないような素子を用いて高性能にしたり、必要な部分での新たな機能や利便性をも付加させて独自のデータを取りやすい分野であるといえましょう。
 本書は理系科目の境界を低くして、分野を融合させた形でヒトの神経系を概説することを目的としました。さらに詳細な記載は専門書を参考にしていただくこととして、本書では初歩的な内容を網羅するという点に焦点をあてました。広い産業応用分野で必要不可欠とされながらも、分野の壁があるゆえ解説がなされにくい神経機構の分野の理解の一助になれば幸いです。

2013年4月  
著者 

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