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大人が読みたいアインシュタインの話
エジソンの発明と相対性理論の意外な関係

定価(税込)  1,296円

著者
サイズ 四六判
ページ数 136頁
ISBNコード 978-4-526-07730-2
コード C3034
発行月 2017年07月
ジャンル ビジネス

内容

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孤高の天才と称されるアインシュタインだが、実は人並みはずれた集中力で天才に上り詰めた愚直な学者だった。天才らしからぬ子供時代や受験の失敗、女性トラブルなど人間臭い部分にも触れつつ巧みな処世術に迫る。これ以上はない、わかりやすい相対性理論の解説にも挑戦した。

石川 憲二  著者プロフィール

(いしかわ けんじ)
ジャーナリスト、作家、編集者
1958年東京生まれ。東京理科大学理学部卒業。週刊誌記者を経てフリーランスのライター&編集者に。書籍や雑誌記事の制作および小説の執筆を行っているほか、30年以上にわたって企業や研究機関を取材し、技術やビジネスに関する解説記事を書き続けている。主な著書に『宇宙エレベーター 宇宙旅行を可能にする新技術』『マンガでわかる宇宙』『マンガでわかる量子力学』(オーム社)、『大人が読みたいエジソンの話 発明王にはネタ本があった!?』(日刊工業新聞社)などがある。

目次

目次


プロローグ 笑わない天才が舌を出した理由

第1章 夢も希望も感じられない子供時代 
■「知」を重んじる家に生まれた幸運
■ エジソンとアインシュタインをつなぐ線
■ 話し始めたのはいつのことだったのか?
■ 方位磁石への興味が物理学者への第一歩
■ 小学校が悪いのか?アインシュタインが悪いのか?
■ 自然科学への興味は家庭で醸成されていった
■ ドイツを脱出して新天地スイスへ
コラム アインシュタインの人生を決めたアーラウ

第2章 光への興味から始まった相対性理論への道 
■ 大学で出会った友人、そして恋人
■ アインシュタインには幻の「長女」がいた
■ よき家庭人にはなれなかったアインシュタイン
■ 科学史に残る「奇跡の年」が成功へのきっかけ

特別講座 10分でわかった気になる相対性理論 
■ 光はどの方向にも同じスピードで進む
■ 光速は誰が見ても変わらない
■ 光速は一定で、変化するのは距離や時間

第3章 アインシュタイン博士の日本旅行記 
■ 招待したのは学会や大学でなく出版社
■ 日本各地で受けた大歓迎
コラム 「不倫の果ての人」への博士のアドバイス
■ アインシュタインは東北大教授になっていたかもしれない

第4章 天才科学者の「晩年」はいつから始まったのか? 
■ 量子力学に馴染めなかったアインシュタイン
■ 人生二度目となるドイツからの脱出
■ アメリカでできたこと、できなかったこと

エピローグ 天才とは人生における「選択と集中」ができる人である

参考図書/参考資料

はじめに

プロローグ

笑わない天才が舌を出した理由


 「アインシュタイン」で画像検索すると大量にヒットするのは、舌を出して「あっかんべー」をしている写真だ。彼について記した本にはたいてい掲載されているし、アート作品などにもよく流用されているので、記憶にある人は多いと思う。
 ところが、この写真があまりに有名なせいか、「相対性理論という難しい学問を考え出したのにユーモアやサービス精神に溢れる気さくな人だったんだねえ」といった親しみやすい人物像が広く信じられてしまったように感じる。残念ながら、ここからアインシュタイン博士への誤解が始まっている。
 生前のアインシュタインと交流のあった人たちの証言を集めていくと、冗談などあまり口にしない、物静かで生真面目な人物だったことがわかる。けっして人づきあいが悪かったわけではないが、それでも「雑務はできるだけ避けて自分の研究に没頭したい」と考える超自己中心的なタイプだったので、そんな生き方を理解し、気を回せる人でないとそばにはいられない。そのせいか、あまり親しくないうちは「気難しい人」といった印象を受けることも多かったそうだ。
 それなのに、なぜあんなフレンドリーな写真が撮られてしまったのか?
 静かな学究生活を望んでいたアインシュタインは取材を受けるのが好きではなかったし、写真を撮られるのは大嫌いだった。そのあたりは、外見をあまり気にしないボサボサ頭と地味な服装というお馴染みの風貌を思い起こしてもらえばわかると思う。実際、あれだけ高名な人物でありながら、残っている写真はかなり少なく、特に笑っているものはほとんどみられないほどだ。
 1951年3月14日、アインシュタインの72歳の誕生日を祝って知人たちがパーティを開いてくれた。家路に就くために自動車に乗り込んだところを、INS通信社(現在のUPI通信社の前身のひとつ)のアーサー・サスというカメラマンに直撃される。

 「アインシュタイン博士、笑顔をください」

 こう声をかけられ、普段ならそっけない対応をするのに、多少、上機嫌だったせいか、思わず笑みを漏らしそうになる。その照れ隠しの意味もあって、ついつい舌を出してしまった……というのが真相らしい。
 思わぬ展開に、撮影者は「スクープだ!」と大喜びで社に帰った(つまり、アインシュタインらしくない貴重な表情が撮れたということだろう)。ところが、現像された写真を見た同僚たちは慌て、「舌を出しているのは、いきなり撮影しようとしたことへの抗議なのだから、この写真は掲載しないほうがいい」とまで言い出す始末。このあたりの展開も、当時のジャーナリズムが抱くアインシュタイン像を表していて興味深い。つまり、それほどまで気を使わなければいけない相手だったということだ。
 これに対してアーサー・サスは「そんな険悪な雰囲気ではなかった」と主張し、結局、写真は公開されることになった。他人に向かって舌を出す行為は欧米では強い侮辱の意を示すせいか、一部の読者から「ふざけている」「不愉快な写真だ」といったクレームがあったものの、アインシュタイン本人からの苦情はいっさい来ない。それどころか、おそらく仲介者を通してだとは思うが撮影者に連絡があり、「気に入ったから焼き増しして送ってくれ」と伝えてきたという。
 そんなこんなでこの写真は公然のものとなり、さらに同年のニューヨーク新聞写真家賞のグランプリに選ばれたことで、ますます有名になっていった。その結果、もっともアインシュタインらしくない表情が、彼を象徴するポートレートになってしまったのである。
 ただ、アインシュタインへの誤解は仕方のない部分もあると思う。というのも、知名度の高さに比べてプライベートに関する情報が少なく、実態が掴みにくいからだ。特に幼少期のエピソードは片手で数えるくらいしかないため、壮大に「増量」しないとストーリーがつくれないほどである。
 仕事に関しても、彼が続けてきたのは頭の中だけで行う「思考実験」と呼ばれるものだったので、進行状況は本人にしかわからない。周囲の証言を集めたとしても、それは推測の域を出ないからだ。
 それどころか、もしかすると本人でさえも、どこがターニングポイントだったか把握していない可能性がある。なぜなら、理論物理学における「思いつき」と「理論確立」までのあいだにはグラデーションのような長い熟成期間があるので、素人が期待しているような決定的な瞬間などないからだ(そもそも外界から簡単にヒントを得られるほど日常的な世界ではない)。つまり、すべてが闇の中の話であり、物語として可視化しにくい。
 これに対して、科学史に残る他の偉人たち、たとえばガリレオであれば「重さの違う物体でも落下する時間は同じだと証明するためにピサの斜塔から大小2種類の球を同時に落としてみせた」といった公開実験の記録が残っているし、ニュートンならリンゴの木のエピソードが有名だ(史実かどうかは不明だが、何かの落下を見て万有引力の発見につながったのはたしか)。ところがアインシュタインにはこのような「映像化しやすいシーン」がほとんどないので、「いつ、どこで、どうやって相対性理論を思いついたのか?」といった伝記物語を構成する最重要ポイントですら、はっきりしないのである。
 そんな曖昧模糊とした人物でありながら、「20世紀最高の科学者」だとされているせいか、あるいは独特の風貌が大衆のイメージする科学者像に一致しているせいなのか、映画やマンガなどの作品の中ではやたらモデルにされる。ところが、そこで描かれる人物像がまたまた本人とかけ離れているので、新たな誤解を生む一因になってしまう。
 たとえば映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのメインキャストのひとりエメット・ブラウン博士(ドク)は「ボサボサの白髪頭と目立つ鼻」という完全にアインシュタインを意識したキャラクターになっている(ご丁寧にも愛犬の名前がアインシュタインだ)。ところが、作品中のドクは割と頻繁に冗談を言う明るくおちゃめな性格だし、専門もどちらかといえば機械工学といった感じなので、ビジュアル以外に似せているところはひとつもない。
 そういえば、筆者が子供のころから親しんできた『鉄腕アトム』のお茶の水博士も、あとから「アインシュタインがモデルだった」と知って驚いたことがある。たしかにボサボサの白髪頭と目立つ鼻は重なっているものの、ロボットの開発をしているのだから、やはり機械工学系の研究者(技術者)であり、理論物理学者とは職種がまったく異なる。その他、『名探偵コナン』の阿笠博士や『タイムボカン』の木江田博士など、アニメに登場する学者の多くがどこかしらアインシュタイン風味を加えられているのだが、やっている仕事もキャラクターも一致しないので、刷り込まれないように注意が必要だ。
 アインシュタインに関する情報が少ないのには、もうひとつ理由がある。それは、伝記本を制作する著者や編集者の多くが「理科系の勉強が好きではないからこの分野に進んだ」といったタイプだからだ。筆者の実体験では、10人中8人は物理学の知識が中学校卒業レベルである。するとどうなるか?
 出版社で偉人伝の新しいシリーズを出すことになっても、「アインシュタインをラインアップに加えましょう」といった前向きな発言はまず出てこない。彼の人生を紹介するということは、どこかで相対性理論についても解説する必要があるわけで、それが面倒臭いからだ(その部分だけを大学の先生に書いてもらったとしても、編集の段階で読まないわけにはいかない)。それなら、もっとわかりやすい偉人は他にもいくらでもいるのだから、あえてアインシュタインを起用する必然性はない。実際、子供向けの伝記本ではエジソンやキュリー夫人などの定番の人物に比べるとアインシュタインの登場回数は圧倒的に少ないので、このあたりの推測はあながちまちがってはいないと思っている。
 児童向けの図書にあまり取り上げられなければアインシュタインに興味をもつ子供は少なく、大人になったらもっと無関心になってしまうから、ずっと知識不足の状態が続く。その結果、「相対性理論という難しいことを考えた人」「あっかんべーの写真」といった2つの情報だけで判断されてしまうのである。
 これは由々しき問題だ。「20世紀最高」かどうかは置いておくとしても、アインシュタインが科学史に燦然と輝く巨人であることはまちがいない。偉大なる業績を考えたら、もっと多くの人に彼の実像を知ってもらうべきだろう。伝記界の大スターであるエジソンには及ばないとしても、せめてガリレオやニュートンとは同等には扱ってほしい。そんな願いを込めて、この本を書くことにした。課題である相対性理論も「あらすじ」くらいはわかるようにするつもりなので、楽しみにしていてほしい(大丈夫かなあ)。
 相対性理論については、今でも「物理学の新しい考え方であり、あまりに難しいため、きちんと理解できている人はほとんどいない」と信じ込んでいる人が少なからずいて、驚いてしまう。これは完全に誤解である。
 相対性理論は新しい学説ではなく、最初に発表されたのは1905年(明治38年)と110年以上も昔のことだ。同じころにどんな出来事があったかというと、 ライト兄弟が動力飛行に成功したり(1903年)、日露戦争があったり(1904~1905年)、フォード・モーター社が世界初の量産自動車「モデルT」の販売を始めたり(1908年)と、歴史の教科書でしかお目にかかれない故事ばかりである。
 そんなことから、科学の世界では相対性理論はすでに古典物理学の一つに数えられ、誰もが納得しているあたりまえの考え方として扱われている(つまり、常識になっている)。それなのに、未だに「相対性理論はまちがっている」と主張するオカルト系の人が後を絶たず、なかには堂々と本まで書いてしまうことがあるのは不思議というか、ある意味、すごい度胸だと思う。
 カーナビゲーションシステムやスマートフォンなどで利用されているグローバル・ポジショニング・システム(GPS)では相対性理論の「高速で移動する物体では時間の進み方が遅くなる」という考え方に基づいた補正が行われている(人工衛星は補正を行わないといけないぐらいの高速で動いている)。したがって、今、スマホの地図にあなたの居場所が正確に表示されているとしたら、それはもうアインシュタインの正しさを認めたのと同じなのである。
 それだけ常識になっている科学理論なのだから、個人的には中学生ぐらいから教えたほうがいいと思っているのだが、残念ながらそういう動きは見られない。日本がこれからも科学技術立国として生き残っていくには有効な政策だと思うので、文部科学省には、ぜひ検討してほしいものだ。
 要求するだけではいけないので、筆者も少しは教育改革に貢献していきたい。もし本書によってアインシュタインへの関心が高まり、一般の人の「相対性理論への抵抗感」が揺らげば、時代は変わっていくかもしれないのだから。
 そのためにも、まず知ってほしいのは、アインシュタインという人物の人生だ。私たちは物理学の専門家ではないのだから、そこからひもといていかないと、相対性理論という「核心」には迫れない。なので、アインシュタインが育ってきた時代、環境、そして人物像から話を始めていこう。

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