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続メカ屋のための脳科学入門
[記憶・学習/意識 編]

定価(税込)  2,376円

著者
サイズ A5判
ページ数 218頁
ISBNコード 978-4-526-07725-8
コード C3053
発行月 2017年07月
ジャンル 機械

内容

本書は、2016年に発刊した「メカ屋のための脳科学入門」の続編。前著が、脳のはたらきのうち、知覚(センシング)、情報処理、通信ネットワーク、運動制御などの機能に焦点を当てて紹介したのに対して、本書では、人工知能研究につながる、記憶・学習機能、さらに脳のそれぞれの機能を統合した結果としての意識をテーマとする。

高橋 宏知  著者プロフィール

(たかはし ひろかず)
1975 年生まれ。東京大学先端科学技術研究センター講師(大学院情報理工学系研究科知能機械情報学兼担)。1998 年、東京大学工学部産業機械工学科卒業。2003 年、同大学院工学系研究科産業機械工学専攻修了。博士(工学)。2008年。科学技術振興機構さきがけ研究者(川人光男先生統括の「脳情報の解読と制御」領域)。学生時代は畑村洋太郎先生、中尾政之先生のもとで設計論と失敗学を学ぶ傍ら、脳から神経信号を計測する微小電極を開発し、東京大学医学部の加我君孝先生のもとで、脳への電気刺激で聴覚再建を目指す研究に従事。それ以来、機械系学科に所属しながら、脳のメカニズムを実験的に探求。専門は神経工学と聴覚生理学。現在の興味は、知能や意識の創発メカニズム、日本生体医工学会、電気学会、北米神経科学会等会員。

目次

CONTENTS

まえがき  
脳の構造と本書で扱う話題 

手法編
第20講 顕微鏡―脳のミクロ構造を見る  
 拡大して脳を見る 
 レーザーで脳を見る 
 Column サルとヒトの違い 
第21講 診断装置―外部から脳を見る  
 放射線で脳を見る 
 MRI で脳を見る 
 分光法で脳を見る 
 Column デフォルト・モード・ネットワークと安静時fMRI 
第22講 電気計測―脳のはたらきを見る  
 脳内の電気現象を探る 
 脳活動を自己制御する 
 Column 分子生物学 

記憶・学習編
第23講 海馬(1)―記憶の生成装置  
 ヘブ学習則 
 海馬は記憶をつくる 
 Column 短期記憶の容量 
 イオンチャネルが記憶を作る 
 Column ノーベル賞の功罪 
第24講 海馬(2)―脳のナビゲーションシステム  
 海馬のさまざまな神経細胞 
 海馬は認知マップ 
 Column STDP 則 
第25講 海馬と大脳皮質―メモリとハードディスク  
 連想と記憶 
 人工ニューラルネットワークモデル 
 Column 考えるほど間違える!? 
第26講 海馬から大脳皮質へ―睡眠中の記憶移動説  
 睡眠ステージの分類 
 睡眠中の脳活動パターンの再生 
 記憶力増強術 
 Column 睡眠中の脳内環境のメンテナンス 
第27講 大脳基底核(1)―運動計画の自動実行装置  
 大脳基底核に関わる疾病 
 大脳基底核の神経回路 
 パーキンソン病の病態と治療方法 
 大脳基底核は運動計画の自動実行装置 
 Column 末は博士か大臣か:博士の年収調査 
第28講 大脳基底核(2)―脳の強化学習器  
 ドーパミン・ニューロンは報酬信号? 
 強化学習アルゴリズム 
 実験による検証 
 大脳基底核とゲーム 
 Column 3 種類の「わかった!」 

意識編
第29講 大脳辺縁系―情動と感情  
 大脳辺縁系の機能 
 情動と感情の考え方 
 脳内環境とメタ学習パラメータ 
 Column アドレナリンとエピネフリン 
第30講 脳のゆらぎ―無意識な意志決定  
 われわれに自由意志はない!? 
 ヒルの逃避行動の意志決定 
 ゴキブリ集団の意志決定 
 Column 意志力 
第31講 意志決定のメカニズム―根拠の蓄積+後付けの検証  
 意志決定のために根拠を蓄積する 
 意志決定の理由は後付け 
 前頭前野の意志決定への影響 
 Column 言語隠ぺい効果 
第32講 ミラーニューロンシステム―行為の実行≒観察による理解  
 ミラーニューロンの発見 
 ミラーニューロンシステムの検証 
 自閉症とミラーニューロンシステム 
 心の理論 
 Column 他人の気持ちになって考える 
第33講 意識の研究アプローチ―実験と理論  
 意識に相関する脳活動 
 意識に上る vs. 意識に上らない 
 意識は脳全体の情報共有 
 統合情報理論 
 Column 意識のテスト 
第34講 意識の機能―タイムスタンプと要約  
 意識を生み出す脳への電気刺激 
 意識の機能 
 Column 物思いに耽る 
第35講 宗教の創造―複雑化する社会への脳の適応  
 意志の錯覚 
 心の発達―ギリシア編― 
 心の発達―メソポタミア編― 
 聖書 
 宗教が社会に果たす役割 
 科学技術 vs. 宗教 
 Column ナビイムと統合失調症 

倫理編
第36講 骨相学に学ぶ  
 学問としての骨相学 
 骨相学の社会的な影響 
 21 世紀の技術で脳形状から能力を測る 
 Column 嘘発見器 
第37講 社会が価値を決める  
 脳のハッキングは許されるか? 
 政治と科学 
 研究不正の実態 
 Column 回帰の法則 
第38講 エンジニアの脳の使い方―設計力を高める  
 設計のプロセスと方法論 
 設計力を高める思考方法 
 知識化の方法 
 脳と上手に付き合う 
 Column 褒めるか? 叱るか? 

あとがき  


前著「メカ屋のための脳科学入門―脳をリバースエンジニアリングする」の目次
  第1編 イントロダクション―エンジニアのための脳科学とは?
    第1講 脳の構造から機能を探る
    第2講 ハードウェアとしての耳―耳の構造と人工内耳の発明
    第3講 脳の予測機能―22 個の電極が3 万本の聴神経を代替できる理由
  第2編 神経細胞編
    第4講 神経細胞とネットワーク―なぜ脳には“シワ”があるのか
    第5講 神経信号の正体―神経細胞が電気で情報を伝える仕組み
    第6講 神経細胞の情報処理メカニズムと神経インターフェース
  第3編 運動編
    第7講 筋肉と骨格―生物の運動をつくり出す機構と制御
    第8講 筋肉の制御回路―運動ニューロンによる身体の動作制御
    第9講 脊髄―運動パターン生成器
    第10講 大脳皮質の運動関連領野―階層的な運動制御
    第11講 小脳―フィードバック誤差学習による身体モデル構築
  第4編 知覚編
    第12講 おばあさん細胞仮説―脳の階層性がもたらす“概念”の形成
    第13講 神経細胞の情報処理メカニズムと分散表現
        ―神経細胞のチームプレーを可能にする脳内クロック
    第14講 機能マップと神経ダーウィニズム―脳による学習のメカニズム
    第15講 脳の省エネ戦略―自己組織化マップと深層学習による効率的な情報表現
    第16講 脳をリバース・エンジニアリングしてみよう
        ―脳の仕組みを,機能に結びつける
  第5編 芸術編
    第17講 脳と芸術―脳は分布に反応する
    第18講 好き嫌いの法則性
        ―ヒトの“好み”に作用する進化の淘汰圧とドーパミン報酬信号
    最終講 芸術の法則性と芸術家の芸風―芸術のエッセンスは脳への訴求力

はじめに

まえがき

 本書は,前著「メカ屋のための脳科学入門―脳をリバースエンジニアリングする」の続編で,前著と同様に東京大学工学部機械系学科と同大学院情報理工学系研究科および工学系研究科で開講している筆者の講義録である。
 これらの講義では,エンジニアの思考回路と言葉で脳科学を解説することを試みてきた。生物学や脳科学を暗記科目と決めつけずに,脳や生物の構造を「設計解」として捉え,構造から機能を考察する。そのようなリバースエンジニアリングの視点を養うことに,工学部における生物学・脳科学の教育の意義があると考えた。そのエッセンスを前著にまとめたところ,アカデミアだけでなく,産業界からも予想以上に大きな反響をいただき,筆者にとって大きな励みになった。
 前著の目的は,「脳をリバースエンジニアリングする」とはどういうことかを伝えることにあった。具体的には,筆者が学生のころに機械設計の講義で学んだように,脳の「思考展開図」を描き,脳の構造と機能を関連付けることを目指した。その例題として,脳の基本的な機能をトピックとし,ミクロな視点での脳の動作原理(神経細胞編),運動と知覚を作り出す原理(運動編,知覚編),そして価値を感じ,生み出す原理(芸術編)を扱った。これらにより,われわれが,どのように動き回って,どのようにものごとを感じているかを,一通り理解できるようになる。
 その続編である本書の目的は,脳の「高次機能」のさまざまな特性を知ること,そして究極的には,それらを利用できるようにすることである。前著では,恩師の畑村洋太郎先生(東京大学名誉教授)に,「今こそ,最新の脳科学の勉強を始めるべきだ。脳の特性を知り,その知識を仕事に社会に,そして豊かな人生を送るために活かす。そのような “応用脳科学” が本書から始まり,日本社会の閉塞感を打開することを願ってやまない。」という強烈な推薦文をいただいた。しかし,前著は,記憶・学習,意志決定,感情,意識など,脳の高次機能をほとんど扱っていないため,「看板に偽りあり」かもしれないと,筆者はひそかに良心の呵責を感じていた。本書では,海馬,大脳基底核,大脳辺縁系など,各領域のリバースエンジニアリングを試み,脳の高次機能を考察する。これにより脳のさまざまな働き(機能)を理解し,それらをバランス良く使えるようになることこそ,畑村先生が提唱する応用脳科学であると考えた。そのような応用脳科学の例題として,本書の最終講では,前著と本書の知識を総動員して,「エンジニアが思考展開図を効率的に描く」方法を考える。
 本書の構成は,手法編,記憶・学習編,意識編,倫理編とした。脳の各領域のリバースエンジニアリングに加えて,脳科学の研究手法とリテラシーも扱う。これらは,脳科学を学ぶエンジニアの必修事項であると筆者は考えている。
 手法編では,脳科学で頻繁に用いられる実験装置の原理を解説した。科学の歴史的な発見は,革新的な実験手法によりもたらされることが多い。ただし,完全無欠な装置はない。本書の読者層として想定したエンジニアには,装置の原理と実験データの性質を理解してほしい。それが,脳科学の現状と限界を理解する近道となるはずだ。
 記憶・学習編と意識編では,脳の各領域の働きを考察する。脳のハードウェアには,さまざまな計算アルゴリズムが実装されており,必要に応じて利用されている。これらの解説を通して,脳科学と人工知能は,元来,「脳科学ブーム」や「人工知能ブーム」とは関係なく,互いに影響を与えながら発展してきたことを紹介したい。たとえば,海馬と大脳基底核の研究は,それぞれ,人工ニューラルネットワークと強化学習の研究と密接な関係がある。前著でも,教師付き学習のパーセプトロンが小脳の研究に多大な影響を与えたことや,機械学習におけるスパース正則化が一次視覚野の方位選択性や高次視覚野の「おばあさん細胞」表現を見事に説明できることは紹介した。今後も革新的な知見や技術の創出には,脳科学と人工知能のコラボレーション推進が,ますます重要になるはずだ。
 目次を見ればわかるように,記憶・学習編では,場所(たとえば,海馬)と機能(記憶の生成)を対応づけるように心掛けた。しかし意識編の一部では,このようなリバースエンジニアリングを残念ながら断念せざるを得なかった。その理由は,そもそも,意識とは何か,意識は脳のどこから生じるかが明確ではないからである。これでは構造と機能の関連付けができないので,意識編の後半では,意識とはどのような現象かを考え,意識は何のためにあるのか(≒機能)を分析するに留まっている。リバースエンジニアリングとしては道半ばだが,その思考過程は良い教材であると考えている。また,これらの考察により,意識あるエージェントが,なぜ,どのようにして宗教を創り出すのかが容易に説明できるようになる。
 倫理編では,脳科学のリテラシーを考える。巷では「脳科学は怪しい」という印象を耳にすることがある。これは脳科学に携わる研究者として極めて残念である。筆者が知る研究現場では,筆者を含め,ほとんどの研究者は極めて真摯に脳と向き合っている。なぜ脳科学では,世間の認識と研究現場の認識にギャップが生じるのか,その原因を考えたい。
 前著と同様に,本書は脳科学の啓蒙本ではない。真面目に脳科学を勉強したいという工学部の学生やエンジニアを読者層として想定したため,パラパラと読むには難しいかもしれない。また,前著よりも話題が多岐に渡り,部分的には高度で専門的な内容も含む。しかし,多少理解できないところがあっても,構わずに読み進めてほしい。また,目次を見て,興味をひかれるところから読み始めてもよい。基本的には章ごとに完結しており,どこから読んでも,筆者が「これは面白い!」と感動した話題に厳選されている。これらを一通り読んで,脳の全体像を捉えてほしい。そうすれば,これまでとは異なる視点で自分の脳の働きを考察できるようになるだろう。
 本書が,脳科学の手引書として,さらには応用脳科学の試みとして,多くのエンジニアの知的好奇心と創造性を刺激できることを願ってやまない。
2017年4月2日
高橋宏知 

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