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インダストリアル・ビッグデータ
第4次産業革命に向けた製造業の挑戦

定価(税込)  1,944円

著者
サイズ A5判
ページ数 184頁
ISBNコード 978-4-526-07553-7
コード C3034
発行月 2016年03月
ジャンル 経営

内容

インダストリー4.0を実現する上で欠かせないインダストリアル・ビッグデータの活用と、ビジネスモデルのイノベーション設計分野におけるアイデア展開の方策を体系的に記述。製品やサービスの価値を変革していく新たな視点と具体化策を授ける。

ジェイ・リー  著者プロフィール

(Jay Lee)

1957年台湾生まれ。オハイオ州の著名学者で、L.W. Scott Alter主席教授、シンシナティ大学教授、米国立科学財団(NSF)のIMS産学連携研究センター73の創業者である。


IMSとはNSFの産学連携の研究組織であり、シンシナティ大学、ミシガン大学、ミズーリ大学S&T、テキサス大学オースチン校から構成される。2001年の設立から、同センターはP&G、GE Aviation、Boeing、Toyota、Caterpillar、Siemens、Intel、Bosch Rexroth(ドイツ)、Alstom(フランス)、オムロン、日産自動車(日本)、Samsung(韓国)、Baosteel(中国)など85のグローバル企業の支援を受けている。


「故障予測・健全性管理(PHM)」領域における第一人者の一人であり、指導学生は2008年からPHMデータチャレンジに出場し5回優勝を誇る。また2012年のNSF ICorps Awardを通じ、教え子によるスピンオフ企業Predictronics社を指導している。このほか2013年12月、ホワイトハウスのサイバー・フィジカル・システム(CPS)アメリカ・チャレンジ・プログラムの首脳メンバーを務め、2014年2月からデジタル生産とデザイン・イノベーションのための技術役員会(TEC)のメンバーに就任。2015年9月にNSF/NISTが設立した製造業のシンクタンクであるMForesightリーダーシップ委員会のメンバーでもある。


PHM、e-Manufacturing、インダストリー4.0、製造業におけるCPSの領域で高く評価される記事や技術論文を執筆/連名執筆し、20以上の特許と商標を保有する。






〈翻訳者紹介〉


株式会社電通国際情報サービス
(Information Services International-Dentsu, Ltd.: 略称ISID)


株式会社電通と米国General Electric Company(略称GE)の合弁会社として1975年12月に設立されて以来、金融業、流通業、製造業を中心とした企業へ豊富な業務ノウハウに基づく最適なソリューションを提供し続けている。特に製造業に対しては、基幹業務システムのみならず設計開発から生産領域にわたり、幅広くソリューションを提供している。中でも昨今は、本書で取り上げられるインダストリアル・ビッグデータ解析による「知的保全ソリューション」の提供に注力している。

目次

「インダストリー4.0」をもっと理解する大事なキーワード

〈序章〉 目に見えない世界での産業変革とグローバル競争

第1章 インダストリー4.0のコンセプト ~価値の創造~
1.1 なぜインダストリー4.0なのか?
1.2 ドイツのインダストリー4.0、米国のCPS
1.3 価値創造思考を重視する
1.4 「有之以為利、無之以為用」にこだわる
1.5 日本におけるインダストリー4.0

第2章 インダストリアル・ビッグデータによる価値創造
2.1 インダストリー4.0におけるビッグデータ
2.2 インダストリアル・ビッグデータ VS インターネット・ビッグデータ
2.3 IoT(Internet of Things)の潜在的な危機
2.4 インダストリアル・ビッグデータのコア技術:CPS
2.5 「5C」:CPSを中心とした設計に基づいたデータ価値創造
2.6 データを情報に換える価値変換プロセス
2.7 価値創造本位のCPSテクノロジーアプリケーションの特徴
2.8 CPSからインダストリー4.0へ:製造業のポジショニング変化

第3章 データ価値創造のための設計と実践技術
3.1 スマート・コネクション層:統一されたデータ環境を作る(Connection)
3.2 データ・マイニング層:データから情報までの分析過程(Conversion)
3.3 サイバー層:ネットワーク化されたコンテンツの管理(Cyber)
3.4 認知層:情報識別と意思決定(Cognition)
3.5 コンフィグレーション層:
システムの伸縮性と再構成(Configuration)

第4章 価値創造のビジネス・モデル設計
4.1 価値の「ギャップ」を探す
4.2 ドミナント・イノベーションの考え方
4.3 ドミナント・イノベーションのためのツール
4.4 「卵の白身」の作り方

第5章 ケーススタディ
5.1 スマート・デバイス
5.2 スマート・ファクトリー
5.3 スマート・サービス

第6章 競争力に対する
新しい戦略的思考

おわりに
索引

はじめに

「インダストリー4.0」をもっと理解する大事なキーワード

インダストリー4.0(第4次産業革命):
ドイツが提唱し推進する製造業の変革であり、生産設備をネットワーク化してコンピュータで制御する生産システムの概念であるサイバー・フィジカル・プロダクション・システム(Cyber-Physical Production Systems、CPPS)を中核技術とする。

インダストリアル・インターネット:
米ゼネラル・エレクトリック(GE)が2011年後半に提唱した概念で、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)と先進的な分析技術を組み合わせ、予知技術によるゼロ・ダウンタイムの産業システムを志向するオープンなプラットフォーム。インダストリアル・インターネットは、IoTセンサー、高度な分析力、意思決定のためのスマートな表現力の3つの要素から構成されており、「スマートな製品」、「スマートなサービス」、「新たなバリューを生み出すエコ・システム」を融合させたものである。

サイバー・フィジカル・システム(Cyber-Physical System、CPS):
CPSの概念は、2006年に米国立科学財団(National Science Foundation、NSF)が最初に提唱した。これは、実際のモノやコトの活動を、サイバー空間の情報をもとにデータ分析やモデリング技術を駆使し、両方を一体として管理をする概念である。CPSは第4次産業革命の中核的な技術である。

IoT(Internet of Things):
様々なモノがネットワークに接続されることにより、様々なモノが発するセンサー情報や制御信号を利活用できるネットワークが構成される。IoTの主要な技術要素は、センサー・ネットワーク、M2M(Machine to Machine)、クラウド・コンピューティングである。

予知分析:
様々なデータと先進的なアルゴリズムを駆使し、設備や製品などの状態を予知・予測すること。統計分析、機械学習、ディープ・ラーニングなど様々なデータ・マイニングの手法・技術が日進月歩で進化している。

インターネット・プラス(2015年に中国政府により提唱された言葉):
インターネットと従来産業を統合するモデル。ポイントは、従来産業において新しいビジネスと価値サービス・モデルを創出するために、インターネット技術が活用される新しい経済パターンであること。

PHM(Prognostics and Health Management、故障予測・健全性管理):
製品・設備の状態や、将来の故障を予測するための科学的なアプローチ。製品や設備から発せられる各種のデータを信号処理しデータ分析することで、複雑な工業製品・設備の健康状態を監視、予測、管理する仕組みを構築すること。PHMは、設備管理を従来の「故障」管理から「健康状態」管理へと変化させ、予知保全によりダウンタイムのない設備のオペレーションを実現可能とする。

IMSセンター(Center for Intelligent Maintenance Systems):
米国立科学財団による産学連携プログラムの1つ。IMS(インテリジェント・メンテナンス・システム:知的保全)の分野で、多種多様な製品・設備に対して故障診断、予測技術の研究、試行、適用がなされている。

※本書に記載の会社名、商品名、サービス名は、各社の商標もしくは登録商標です。

序章 目に見えない世界での産業革命とグローバル競争  
 インダストリー4.0は、ドイツ政府とドイツ産業界により策定された製造業の未来へ向けた長期計画である。この考え方では、18世紀の蒸気機関による機械製造設備の導入を「インダストリー1.0」、20世紀初頭の電気化及び製造ラインによる大量生産化を「インダストリー2.0」、そして1970年代から始まったコンピュータやネットワークを活用した情報化を「インダストリー3.0」と定義している。そして、現在、次世代の産業革命である「インダストリー4.0」の時代に突入し、実体世界とバーチャル世界を統合し、新たな価値を生み出す時代に入ろうとしている。

 サイバー・フィジカル・システム(CPS)はこれを実現するための中核技術であり、1965年に米国で提出された「サイバネティクス」1はその前身である。現在、米国産業界において広く知られているCPSは、米国立科学財団(NSF2)から2006年に正式に提出されたもので、NSFが重点的に支援している研究分野の1つとなっている。ドイツのインダストリー4.0は、伝統的・従来型の製造業を、未来型の製品とサービスが提供可能な高度で効率的な生産システム、サプライ・チェーンに変革していくことを目標としている。

 しかし、産業革命や産業の大きな変革のたびにもたらされる変化について、私たちはわかりやすい技術面、機能面に意識を取られ、変革を促す最も本質的な原動力である「新しい価値を創造する」ことへの持続的な追求を忘れてしまいがちである。これまで3回の産業革命が機械化、量産化、標準化や自動化により大幅に生産力を向上させたのに対し、インダストリー4.0はユーザーへの価値提供を起点として産業のバリュー・チェーンを考える点で、これまでの産業革命とは大きく異なっている。

 これまで生産側から消費側、上流から下流の方向で考えられてきた産業のバリュー・チェーンは、ユーザーのニーズに合わせてカスタマイズされた製品及びサービスを提供することを共通の目標とし、バリュー・チェーンのすべてのパートが協同し最適化を実現しようとしている。この本質は産業界側の考え方の変化に見ることができ、インダストリー4.0のコンセプトには、次の3つの考えが含まれている。

 1つ目は、製造自体の質的な向上である。良い製品を作るだけでなく、製造工程における無駄を最低限にとどめ、個別ユーザーの要望をかなえられる設計及び製造プロセスを作り上げる必要がある。2つ目は、製品の製造工程に変更が必要になった場合、直ちに自動的に調整されるよう、従来の自動化に加えて「自律制御機能(Self-Aware)」を実現することである。3つ目は、全製造工程において、ゼロ故障、ゼロ事故、ゼロ汚染を実現することであり、これは未来の製造システムの究極の姿である。

 現在、製造業の管理者が、定量化やコントロールできていないことは数多くあり、それは製造工程においても、ユーザーが製品を利用する段階においてもいくつもある。最初の3回の産業革命が解決したのは、主に目に見える問題ばかりで、例えば欠陥商品の予防、加工ミスの防止、設備利用効率と信頼性の向上など、設備故障予防と安全対策の課題を解決してきた。これらの課題は、製造工程において「見える」、「計測できる」課題であり、比較的回避しやすく解決もしやすいものである。

 目に見えない問題は、設備の性能低下、設備の健康状態の悪化、パーツの摩耗、運用リスクの上昇などの形で現れ、これらは計測し定量化することが難しく、往々にして製造工程でコントロールが難しいリスクと考えられる。多くの目に見える課題は、これらの目に見えない要因が蓄積されたことにより発生しており、未来の製造システムであるインダストリー4.0は、これらの目に見えない要因を予兆し可視化することに焦点を当てている。

 もう1つの特徴は、インダストリー4.0は製造工程だけでなく、製品の利用段階を含めた製品ライフ・サイクル全般に焦点を当てていることである。製造業は単に製品を作るだけではなく、顧客に対し正しい効果的な利用方法を伝え、顧客にとっての製品価値の最大化を図る役割を担っている。

 製品のイノベーションやバリュー・クリエーション(価値創造)とは、単にユーザーの目に見える欲求に応えるだけでなく、ユーザーが製品を利用する状況をシミュレーションし、その中からユーザーがさらに求める機能レベルとのギャップを探り当てるものである。このギャップはユーザー自身も気づいていないものであり、「見えない欲求」と言える。例えば、車を買う人は「高性能で燃費が良い車が欲しい」といった要望を出し、各自動車メーカーもそれに応えるために「高性能で燃費が良い」新型車を開発しようとしてきた。

 しかし、自動車メーカーはユーザーの「運転の癖」による燃費の影響にはあまり注目しておらず、ユーザー自身もその影響についての意識はないので、誰も「運転の癖」を管理する機能を求めることはなかった。インダストリー4.0時代における競争とは、これまでの「ユーザーの見えている欲求に応える」というステージから、「ユーザー自身も気づいていない要望もしくはそのギャップ」を探り当てるステージに変化したと言える。

 これまでは製品をユーザーに売り渡した段階で、製品製造のバリュー・チェーンは最後の段階となっていた。しかし、インダストリー4.0時代のバリュー・チェーンは運用や保全にまで広がっており、製品はサービスを運ぶ役割と位置付けられ、利用データを分析・探求し顧客の求める本当の要望を見つけ出し、それらの情報から顧客に対する「バリュー」を創造するのである。

 将来の車を例に、大胆に想像してみよう。インダストリー4.0の時代では、自動車ディーラーで車を選ぶ際に、単にモデルや車体の色、カスタマイズしたインテリアで選ぶのではなく、ユーザーはまずセンサーが張り巡らされた試乗車でテスト走行を行う。車のシートに座ったとき、センサーがシート全体に掛かる圧力を自動的に記憶する。このようにして、そのユーザーの体型と座ったときの癖に合うシートの設定が自動的に完了する。

 ドライバーが運転する際には、ドライバーの運転操作を自動的に記憶し、癖を予測する。その癖に合わせてパワー・システムやコントロール・システムが、ハンドリングと乗り心地を自動的にマッチさせる。ドライバーが車を運転するだけで、車自身がドライバーの癖の変化を識別し、燃費への影響や走行可能距離を知らせるのである。

 ラッシュアワーの時間帯では、大量の交通データを基に、通過する時刻の道路の混雑状況を予測したり、別のルートを推奨したりする。将来の車は、走行中に車載センサーが路面状態を計測し、そのデータはシステム内で共有され、でこぼこ道を通過する際に、速度を落とすように後続のドライバーに知らされる。そして、こうしたデータは各地方自治体に送られる。翌日、ドライバーが再び同じ道を通る際には、でこぼこ道は補修されているのである。

 家に着いたならば、携帯電話かパソコンで、自分の運転記録を見ることができ、運転モード別の燃費がひと目でわかるようになる。また、同じ車を運転する他のドライバーと比較し、誰の運転が最も効率が良いかがわかる。それと同時に、システムから運転の癖を改善するアドバイスが提供される。車の健康診断レポートを見た際には、重要な部品の劣化や故障リスクがひと目でわかるようになる。

 システムは、メンテナンスやサービスのタイミングに関するアドバイスも提供し、オンラインで予約をすれば、ユーザーは自動車ディーラーでメンテナンスを受けることができる。簡単にできる部品の交換では、詳細な手順やテキストでの説明がシステムより提供され、やがてユーザーは、自動車ディーラーに立ち寄る回数が劇的に少なくなったにもかかわらず、メンテナンス費用や車のトラブルがほとんどなくなったことに気づくのである。

 ここで述べた例は、そんなに遠い将来の話ではない。5年後、もしかしたらもっと早く実現するかもしれない。将来においては、それぞれの産業がユーザーに販売するものはもはや製品ではなく、価値能力となる。ドライバーにとって車は製品であるけれども、それ以上に重要となるのは、自動車がもたらす一連の価値能力である。例えば、走行距離、ファッション性、燃費、快適性、安全性などである。

 こうした提供能力に合致したサービスは、これまでユーザーには限られたオプションしか提供されてこなかった。これからはユーザーの使用状況や要求に照らし、最適なものが提供される。これは、各ユーザーの利用状況のデータに基づき、カスタマイズされるためである。統計分析の1つのサンプルでしかなかった1人のユーザーは、複雑で高度に個別化された一個人として識別されるのである。

 もう1つ、私たちの生活と密接に結びついた例がある。私たちのほとんどは、スーパーマーケットで靴の中敷を購入したり、洋服店でオーダー・メイドのスーツを作ったりしている。以前、私たちが靴の中敷を買うときには、サイズだけを聞いていた。サイズが違うだけで、手にする中敷は全く同じものであった。しかし、私たちの足の形は皆違うし、体重や立つ姿勢、歩行時の癖や靴自体も千差万別で、誰にでも完全に合う中敷は存在しない。

 米国の会社であるドクター・ショール3では、顧客は中敷を購入する前に、センサーに接続された踏み台の上に立ち、自分の足の圧力分布を計測し、オーダー・メイドの中敷を購入することができる。実際、この例はほんの始まりに過ぎず、開拓すべき価値には多くの余地がある。例えば、足の圧力データを取得する場合、考慮するのは立ったときだけである。しかし、圧力分布は、歩くときも走るときも同様に重要である。それと同時に、スニーカー、ハイヒール、革靴など異なる靴とのマッチングも考慮に入れる必要がある。

 これらのデータは靴屋に販売することができ、顧客に中敷を販売した後、靴屋はその中敷に適した靴をお勧めすることも可能だ。最後に、これらのデータが医学の研究に適用されれば、立った姿勢や走るときの癖が及ぼす足や膝の怪我のリスクを顧客に知らせることができ、そうした癖の改善方法についてアドバイスすることもできる。

 こうしたことは、洋服店にも同じことが当てはまる。顧客の体形を採寸する際、動いたときの快適性に配慮することなく、決まった姿勢で採寸する傾向がある。顧客が教師であれば、黒板に書くために腕を上げなければならない時がある。その場合、肘と脇の下の弾力性を高めれば、腕を動かしやすくなる。それゆえ、将来的には、服の採寸はダイナミックに行うべきなのである。

 例えば、顧客にセンサーを付けた特別な服を着てもらい、好きなように動いてもらう。そして、服に付いたセンサーが重要な位置の応力を自動的に記録する。こうしたデータを使用し、服装メーカーは、顧客によりフィットした洋服を作ることができる。インテリジェント・センシングと3D可視化技術が成熟化しており、こうした過去には不可能に思えたことも、ワンタッチ操作で可能となってきた。これは科学技術の進歩によって、ビジネスやサービス・モデルに革新が起こる好循環の一例である。

 上記の2つの例は、ユーザーにカスタマイズされた製品を提供するためには、データが最も重要な媒体であることを示している。インダストリー4.0時代においては、エンドユーザーはデータを介して製造システムに接続されており、こうしたデータを利用して、生産システムのあらゆる部分で、自動的に意思決定が行われる。それによって上流工程と下流工程が統合され、人手による作業の難しさを劇的に減少させることができる。このようなモデルでは、工場はフラットな構造を持つことになり、生産資源の利用効率がより最適になる。

 別の例としては最近、トレンドとなっているスマート・リストバンドがある。ユーザーが睡眠中にスマート・リストバンドを着けていれば、睡眠中のデータを自動的に収集し、朝目覚めれば、データ分析結果を見ることができる。睡眠の質、深い眠りの期間、深い眠りと浅い眠りの交代曲線などの情報が一目瞭然となる。この時点で、睡眠の質を決定するのは睡眠時間ではなく、睡眠時間中にどれだけ深い眠りがあったかその割合であることに気づく。

 日中は自分が元気か否か自覚することができるが、睡眠の質は自覚できない。睡眠データの分析を通じて、スマート・リストバンドは目に見えない睡眠の質を、目に見える計測可能な結果に変換する。こうした情報は、ユーザーが目に見える自分の生活を管理するのに役立つのである。

 インダストリー4.0はただの製造工程の革新ではなく、イノベーション・モデル、ビジネス・モデル、サービス・モデル、バリュー・チェーンに根本的な変化を起こすものである。製造工程の革新は、インダストリー4.0の表層的、基本的なターゲットであり、その本質はビジネス・モデルの変革とスマートプロダクトによるサービス・システムの創造にある。

 インダストリー4.0を理解するために「フライド・エッグ(目玉焼き)モデル」を使って説明すると、その中核にある目玉焼きの「黄身」の部分は製品業にとって核となる「製造するための仕組み」に当たり、それを取り囲む「白身」の部分は「製品を前提にしたサービス全般」に当たる(後に詳しく述べる)。

 古代中国の哲学者であり詩人でもある老子は、「道徳経4」において「有之以為利、無之以為用5」(意訳:何かがあるところから利益がもたらされ、何もないところから用途が果たされる)と論じている。コップを比喩にすれば、コップ自体が存在するモノであり、コップの中の何もない空間こそが、水を入れることができるところであり、それがコップとしての価値を生み出している。このように製造企業は、提供する製品のライフ・サイクルにおいて顧客に対し、どのように価値提供を行うかを熟慮しなければならない。

 顧客の求める価値とのギャップを探り出す、見えない課題を見つけ出す、手間のかからない生産環境を構築する、カスタマイズされた製品やサービスを顧客に提供する…。これらの見えないことを見出していくためには、データ分析とデータ・マイニングを活用していく必要がある。

 産業の事業変革を考察するのに、機会(オポチュニティ)を4つの象限に分けて考えてみる(図0-1)。左下の象限は、顕在化しているニーズに合わせて顕在化している課題を解決する状態を指しており、この段階では製造企業が解決すべき多くの課題が残っている。例えば、品質、汚染と廃棄物問題などであり、ベスト・プラクティスを通して持続的な改善と標準化を推進する必要がある。左上の象限は、顕在化している課題を回避するもので、製造システムと製品の改善を図るために、ログやデータから新しい知識を見出す必要がある。

 右下の象限は、革新的な手法や技術で未知の課題を解決するもので、例えば自律改善する能力を持つ設備とか睡眠管理をするためのスマート・リストバンドなど、顕在化していない課題を可視化し、効率的に課題解決を果たすものである。右上の象限は、目に見えない価値のギャップを満たし、見えない要因がもたらす影響を予防する段階である。この段階ではデータ分析によって生まれた知見から新しい知識と価値を創造するものであり、インダストリー4.0の最終的な目標となっている。

 データ分析によって需要を予測し、製造を予測し、これらのデータを活用して産業のバリュー・チェーンを統合していくことが、インダストリー4.0である。現在、様々な領域でビッグデータについて語られているが、ビッグデータ自体は課題なのではなく、企業にとっての課題を探り出す新しいやり方なのである。
ビッグデータについては今後もますます必要性が高まり、ビッグデータを分析することから事業変革に向けた価値を生み出すことが求められている。インダストリアル・ビッグデータは、目に見える世界と目に見えない世界をつなぐ架け橋なのである。

 私(ジェイ・リー:Jay Lee)が主宰する米国立科学財団(NSF)のIMSセンターは、2000年からビッグデータ分析における理論と方法論の研究に着手しており、企業と協力して実施した研究開発の実践により、膨大な経験と体系的な方法論を蓄積してきた。

 本書は、私が日本で出版する最初の本であり、インダストリアル・ビッグデータとビジネス・モデルのイノベーション設計分野におけるアイデアや研究成果を体系的に記述している。これにより、インダストリー4.0への理解を深め、ステーク・ホルダーには新たな視点を提供し、インダストリー4.0実務家のためには方向性の指針を提供することを目的としている。第4次産業革命の波の中で、様々な新しい言葉・概念・技術が絶えず発生しており、こうした新しい概念やアイデアに読者は混乱しているであろう。

 本書では、これからの製造業に大きな影響を与え、新たなビジネス・モデルを検討する革新的な方法として「インダストリアル・ビッグデータ」を紹介する。政府の産業政策の担当者、企業の意思決定者、実務者の方々に、「インダストリアル・ビッグデータ」の活用により製品やサービスの価値を変革していく新たな視点を伝えられれば幸いである。

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