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メカ屋のための脳科学入門
脳をリバースエンジニアリングする

定価(税込)  2,376円

著者
サイズ A5判
ページ数 224頁
ISBNコード 978-4-526-07536-0
コード C3053
発行月 2016年03月
ジャンル 機械

内容

東大・工学部の超人気講義の書籍化!
本書は、脳や神経の働きを、他分野、特に機械システムの技術者などを対象に体系的に解説した脳科学の入門書。随所に事例やコラムなどのエピソード(ロボットなどへの応用)をまじえ、メカ屋の目線でわかりやすく神経科学の基礎を学ぶことができる。

高橋宏知  著者プロフィール

(たかはし ひろかず)
1975年生まれ.東京大学先端科学技術研究センター講師(大学院情報理工学系研究科知能機械情報学兼担).
1998年,東京大学工学部産業機械工学科卒業.
2003年,同大学院工学系研究科産業機械工学専攻修了.
博士(工学).
2008年,科学技術振興機構さきがけ研究者(川人光男先生統括の「脳情報の解読と制御」領域).
学生時代は畑村洋太郎先生,中尾政之先生のもとで設計論と失敗学を学ぶ傍ら,脳から神経信号を計測する微小電極を開発し,東京大学医学部の加我君孝先生のもとで,脳への電気刺激で聴覚再建を目指す研究に従事.それ以来,機械系学科に所属しながら,脳のメカニズムを実験的に探求.専門は神経工学と聴覚生理学.現在の興味は,知能や意識の創発メカニズム.
日本生体医工学会,電気学会,北米神経科学会等会員.

目次

第1編 イントロダクション
―エンジニアのための脳科学とは?
第1講 脳の構造から機能を探る 
エンジニア視点の脳科学 
脳科学の教科書は間違っているかもしれない!? 
脳を“設計論的”に考える 
ばね仕掛けで音や振動を検知する「有毛細胞」 
脳のリバース・エンジニアリング 
第2講 ハードウェアとしての耳―耳の構造と人工内耳の発明 
耳の構造と各部の役割 
人工内耳―内耳の機能を人工的に作る 
[コラム]生物から学ぶ設計手法 
第3講 脳の予測機能―22個の電極が3万本の聴神経を代替できる理由 
人工内耳,成功の要因 
脳の予測機能―脳が情報を勝手に補完する 
脳の階層構造―脳はほとんど外界情報を必要としない 
[コラム]幽体離脱を体験してみよう! 

第2編 神経細胞編
第4講 神経細胞とネットワーク―なぜ脳には“シワ”があるのか 
脳はどのような構造になっているか 
情報処理システムとしての脳の設計思想 
脳のシワが意味するもの 
[コラム]神経信号の伝播速度は人の歩行速度と同等 
第5講 神経信号の正体―神経細胞が電気で情報を伝える仕組み 
イオン濃度差による電位を利用した神経信号 
イオンチャネルの開閉で電気信号が発生する 
膜細胞の働きは,RC回路になぞらえられる 
パルス状の活動電位の発生によって情報が伝達される 
まとめ 
細胞外計測は膜電流を捉える 
[コラム]エンジニアの素朴な疑問―熱力学第二法則と生命 
第6講 神経細胞の情報処理メカニズムと神経インターフェイス
―人間に五感をもたらす仕組み 
受容体とイオンチャネルからなる生体内のセンサシステム 
電気刺激によって知覚や運動を人為的に作りだす 
[コラム]さまざまな原理を利用した神経インターフェイス 

第3編 運動編
第7講 筋肉と骨格―生物の運動をつくり出す機構と制御 
筋肉のしくみと動作メカニズム 
筋肉による骨格の制御 
[コラム]プロ野球選手の誕生日 
第8講 筋肉の制御回路―運動ニューロンによる身体の動作制御 
運動ニューロンに支配される筋肉 
機能的電気刺激(FES)―運動障害を電気刺激でサポート 
[コラム]アカデミア業界での成功要件 
第9講 脊髄―運動パターン生成器 
反射運動 
運動パターン生成器 
中枢パターン生成器(CPG) 
四足歩行ロボットの開発 
[コラム]脊髄損傷 
第10講 大脳皮質の運動関連領野―階層的な運動制御 
運動系の神経回路 
運動制御の階層性 
運動制御の座標変換 
[コラム]メガ・ジャーナル 
第11講 小脳―フィードバック誤差学習による身体モデル構築 
臨床的な知見から小脳を考察する 
解剖学的な知見から小脳を考察する 
小脳の計算モデル 
検証実験 
計算論的神経科学 
[コラム]ロボットスーツ 

第4編 知覚編
第12講 おばあさん細胞仮説―脳の階層性がもたらす“概念”の形成 
一次視覚野の方位選択性の発見 
一次視覚野の神経細胞が作る機能集団と配線 
脳の階層性がもたらす高次視覚野の最適刺激 
概念の形成に関わる「おばあさん細胞」説 
[コラム]STAP細胞問題の背景―データの再現性と信頼性 
第13講 神経細胞の情報処理メカニズムと分散表現
―神経細胞のチームプレーを可能にする脳内クロック 
認知に必要な“オブジェクト形成” 
複数の神経細胞が同時に情報処理に関わる分散表現 
脳内の情報処理は特定のリズムで行われる 
集団的ベクトル表現 
[コラム]都市伝説:人間は脳の1割しか使っていない!? 
第14講 機能マップと神経ダーウィニズム―脳による学習のメカニズム
脳の機能局在と機能マップ 
個々の神経細胞の活動を捉えて機能マップを探る 
多様性を生み出す機能マップ 
多様性を絞り込むことで学習する 
[コラム]ムーアの法則と脳科学の進歩 
第15講 脳の省エネ戦略
―自己組織化マップと深層学習による効率的な情報表現 
「聴覚野」に「視覚野」を作る 
入力情報からどのように自己組織化マップをつくるか 
効率的な情報表現のための最適化―スパース・コーディング 
深層学習(Deep Learning)による効率的な情報表現 
再考:「おばあさん細胞説」と「分散表現説」 
第16講 脳をリバース・エンジニアリングしてみよう
―脳の仕組みを,機能に結びつける 
構造(仕組み)と機能の関係を探る 
パターン照合に必要な仕組み 
オブジェクト形成に必要な仕組み 
省エネルギーに必要な仕組み 
脳は基本的に干渉設計である。最適設計ではない 
リバース・エンジニアリングの落とし穴 
[コラム]オスとメスのかけひき 

第5編 芸術編
第17講 脳と芸術―脳は分布に反応する 
芸術家による壮大な脳科学実験 
質感知覚のメカニズム―脳はどのように光沢感を感じるか 
「美しい」の源は何か 
どんな容姿が美形と言われるのか 
[コラム]「美しい」の定義 
第18講 好き嫌いの法則性
―ヒトの“好み”に作用する進化の淘汰圧とドーパミン報酬信号 
魅力的な異性の要件―進化の淘汰圧とナイス・バディの法則 
ドーパミンによる報酬信号 
[コラム]“身体”は“目”ほどにものを言う!? 
最終講 芸術の法則性と芸術家の芸風―芸術のエッセンスは脳への訴求力
音楽と1/fゆらぎ 
脳のルールと音楽のルール 
[コラム]芸術家の思考方法:ピーク・シフトの法則 

はじめに

 本書は,東京大学工学部機械系学科と同大学院情報理工学系研究科および工学系研究科で開講している筆者の講義録,すなわち,エンジニアの卵に向けた脳科学講義の講義録の一部である。
 機械系の学生に生物学や脳科学を教えるのは容易いことではない。なぜならば,機械系学科には物理好き(かつ生物嫌い)が集まっており,彼らからすれば,生物は忌み嫌うべき暗記科目である。かつての筆者もそうだった。そのような猛者たちを相手にして,生物学の教科書を片手に教壇に立つと,学生の容赦ない冷たい反応に心折れそうになる。機械系学生の大多数は,生物の知識を丸暗記することに意義を見出せないでいる。そのような彼らにとって,従来の生物学の教科書が知的好奇心を存分に刺激できるかと問われれば,やはり難しいような気がする。それでは,何をどのように教えればいいのだろうか? そのような自問自答と試行錯誤を繰り返すうち,エンジニアが学ぶべき脳科学の内容を筆者なりに作ってみようと思うに至った。本書は,そんな筆者の野望というか,無謀な挑戦の産物である。
 学術的にも,産業的にも,生物学や脳科学が重要であることは疑いない。欧米では,工学部の花形は,バイオ・メディカルエンジニアリング学科である。そのような学科が,エンジニアに対し,生物学・脳科学分野での活躍の門戸を広く開いている。翻って,日本の状況はどうだろうか? 少なくとも筆者が所属する東大工学部機械系学科では,“バイオ系”の研究室に卒論・修論の配属で学生が殺到することはなく,とても花形とは言えない。筆者の勝手な印象では,神経科学会のように脳科学の専門家が集う場でも,機械系研究者は隅っこで稀に見かける程度である。そのような日本の現状を打破するためには,機械系エンジニアのやり方で脳科学を楽しむところから始めればよい。その楽しみ方を筆者の方法で例示することが,本書の目的である。
 まず,機械系で脳科学を語るには,言うまでもなく,言葉が大切である。「生物のこのパーツは,機械で言えばあの部品。設計解は異なるけど,機能は同じ」というように,比喩を交えながら,エンジニアの言葉で説明するよう心がけた。また,常に実物をイメージできるように具体的な数字を強調することも心がけた。ニューロンの細胞体の直径10μm,軸索は1μm,アクチン・ミオシンの相対運動は60nmなどと数字を聞けば,エンジニアの頭は勝手に動き出すだろう。
 本書は,工学部の学生が,初めて脳科学を学ぶときに手に取るべき本を目指した。生物学・脳科学の研究現場で必要となる専門知識は膨大である。したがって,教科書も電話帳のように分厚くなってしまう。そのような電話帳のような教科書が,工学部の学生の学習意欲を削いでしまうと考えた。それでは,そもそも,何故,膨大な専門知識が必要になるのか? それがわかれば,自ずと専門知識を吸収したくなるだろう。筆者の経験に基づけば,その答えは明快である。知識はあればあるほど,脳科学を楽しめる。脳科学を学びたいエンジニアには,まず,それを理解してもらう必要がある。そのような筆者からのメッセージが,「脳のリバース・エンジニアリング」である。
 本書は,生物学・脳科学の教科書のように分厚くない。したがって,現在の脳科学を俯瞰しているわけではない。その意味では,本書は,脳科学の一般的な教科書ではない。逆に,本書は,脳科学の啓蒙本でもない。少し真面目に脳科学を覗いてみたいという工学部の学生を想定したため,パラパラと読むには少し難しいかもしれない。その代わり,脳科学を学んでみようと思い立ったエンジニアが,まず知るべき内容を筆者なりに厳選した。
 本書を執筆しながら,工学部の学生が脳科学の何を学ぶべきか,全く体系がないことに危機感さえ覚えた。そのような点からも,本書が,工学部における生物学・脳科学の教育に一石を投じられればと思っている。また,本書を通じて,医学系・生物系の研究者には,エンジニアの視点と思考プロセスを理解してほしいとも願っている。互いの思想や文化を知り,尊重しあうことは,学際的なコラボレーションの推進力になるはずである。さらには本書によって脳科学者を志す機械系エンジニアが一人でも現れれば,筆者の望外の喜びである。
2015年3月5日
高橋宏知

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