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山で正しく道に迷う本

定価(税込)  1,728円

著者
サイズ 四六判
ページ数 224頁
ISBNコード 978-4-526-07162-1
コード C3034
発行月 2013年11月
ジャンル ビジネス

内容

山には常にいろいろな危険が隠れている。そこで重要なのが、あらかじめ山のリスクを知り、細心の注意と準備をすることである。本書は、リスクマネジメントの専門家が、登山初心者の陥りやすい具体的なリスクをあげ、その対処法をわかりやすく解説。

昆 正和  著者プロフィール

(こんまさかず)
 青森県出身。東京都立大学(現首都大学東京)経済学部卒業。災害リスク研究および事業継続計画(BCP/BCM)策定支援アドバイザー、英国BCI認定会員、翻訳者。
 高校生のときはじめて八ヶ岳の真教寺尾根から赤岳に単独登山して山登りの面白さに目覚める。以来八ヶ岳、奥秩父、南アルプス、丹沢を中心に一般ルート、沢登り、バリエーションルートを問わずひとりで歩きまわることが多い。これまでBCPに関する寄稿、論文多数。主な著書:「どんな会社でも必ず役立つあなたが作るやさしいBCP第二版」「BCPができたら次の一手がこれだ! あなたが主役のやさしいBCM」(以上日刊工業新聞社)、「実践BCP策定マニュアル」(オーム社)、同書は韓国語にも翻訳されている。

目次

はじめにートリビアがトリビアで終わらないとき

第1章 心を山に駆り立てるもの
山と遊び、ルール、そしてリスク
■人はなぜ山に登るのか/〈遊び〉としての山登りとルール/山登りとは〈一本筋を通す〉こと
山に行っても〝リスク〟は見つからない
■場所か? 時間か? 装備か?、それが問題だ/リスクの〝ミッシングリンク〟
地図を広げて?ネット情報に潜むリスク
■あり余る情報から見えてくるもの/インターネット情報の使用上の注意点/地図と相談する?確認を怠らない
何を持ち、何を置いていくか
■持ち物と自分の体力やスキルは無関係/何が必要なのか……代用・応用も臨機応変に!

第2章 大自然のたくらみ
〝予感〟を胸に
■心づくしの言葉、言葉、言葉/クマ出没注意!?反応は人それぞれ/通行は〝ご遠慮ください〟/深呼吸、焦らない、地図確認
気になる生き物と出会うとき
■山の小さな住人/山の大きな住人/戦闘生物?どのような関係を保てばいいのか/夜の訪問者
想定外?現実と謙虚に向き合う
■リスクを否定する心の盲点/転倒や滑落の原因?二足歩行の代償/ストックは本当に必要なのか?/白いワナ?残雪の洗礼/雪渓の三つのリスク
気まぐれな天候
■雨の朝の進退/すみやかに三つの点検で決断する/〝まだいける〟という判断/よりメリットを享受したいという心/〝とどまる〟という選択/行くべきか、とどまるべきか?その決断の理由は何か
不機嫌なメッセージ
■その一歩は重いか軽いか/睡眠不足が引きおこす静かな反乱/カロリー不足では動けなくなる/急変?高山病は習うより慣れろ/急変?熱中症には水分補給を!/冷たい時間?一℃の差が生死を分ける低体温症/低体温症を引き起こす悪天候

第3章 山で正しく道に迷う
見ているのに〝見えない〟
■道標のゆくえ/静けさととりとめのない思考と/道迷いのほんとうの原因はどこにあるか/判断の確信がゆらぐとき
繰り返し起こる理由
■道迷いのパターン/道迷いのグレーゾーン?混乱と錯覚/パターンを知れば道迷いは防げるのか?/一つの道迷いは一度しか起こらない
道に迷いやすい人とそうでない人?
■道迷いが〝起こらない〟理由/引き返せない理由/単独行はどこまで危険か?
道迷いはどこまで避けられるか
■山道の〝顔〟を覚える/地図確認とフィードバックの大切さ/面倒がらずに地図を読む/道迷いに備える3つの方法/それでも道に迷ったら

第4章 耐えられない自由
山小屋という小さな社会
■山小屋の魅力
そこにあること、利用できることの安心
■山小屋が見当たらない/山小屋は登山者のことを気にかけてくれている/山小屋のやむにやまれぬ都合/山小屋をあきらめて布一枚に安心を託す
避難小屋に泊まる
■夜のしじまの向こうに/避難小屋に泊ってはいけない!?/避難小屋を利用するための心構え/避難小屋のリアリティ/闇の密度が想像力をかき立てる/それでも避難小屋は魅力的

第5章 次の山に活かす知恵
山のリスクマネジメントのすすめ
■いつ起きてもおかしくないこと/ブラックスワンを予防することはできるのか/計画→実行→反省→改善を習慣づける/山日記を習慣づける
山を愉しむための五つのルール
■【もしもの発想】〝想定外〟だらけにしないために/【プライオリティ】何を急ぎ、何を後回しにするか/【メッセージ】伝えること、伝わること、共にあること/【見る】情報の収集、確認、観察、意識の集中/【選択する】自分の命と下界の基準。どちらが重いか

おわりに

はじめに

○はじめにートリビアがトリビアで終わらないとき

 山が人気漫画の舞台となり、由緒ある観光ガイドブックのおすすめスポットとして認定され、世界遺産に登録される。今日の登山ブームは、こうした文化的でポピュラーな動きがけん引役となっているのかもしれない。そして、少しほっとするのは、こうした流れの中で登山の中心世代に中高年層だけでなく、若者たちも多くなってきたことだ。山を愉しみ、慈しみ、理解する精神が、これからも引き継がれていくことを予感させる。
 だけど喜んでばかりもいられない。山へのアクセスや山小屋の利便性が向上し、主要な登山道も整備されて登りやすくなった反面、昔なら考えられないような取るに足らないことがきっかけで起こる事故?たとえば〝道迷い〟、〝転倒〟、〝滑落〟などが増えているという。草に覆われて足元の見えない山道を下っているときに、うっかり深い段差に足をとられて骨折したという笑えない話もある。

 取るに足らないこと、たわいのないことを「トリビア」という。そして山ではこの何気ないこと、ささいなこと、見過ごしがちなトリビアが、時としてリスクとなり、それが進行して具体的な形をとったものが、「事故」や「遭難」と呼ばれる不名誉な、あるいは痛ましい出来事となる。
 こうしたリスクは、岩登りの最中にザイルが切れて落下するとか、新しいルートを開拓中に深く険しい谷に迷い込む、冬山登山中に雪崩に巻き込まれるといった、いわば命の危険を織り込み済みとして立ち向かうリスクとは異なる。トリビア的リスクは、登山地図やガイドブックには正確なコースタイムが網羅され、インターネットには、これから自分が登るであろう山をすでに登ってきた人々の体験記録であふれ、そんなすべてが予定され、安全が保証された(と本人は思い込んでいる)山を歩き、山を愉しむ中、ポケットからポロリとこぼれ落ちるようなタイミングで立ち現れるのだ。
 山が観光地化し、アクセスが容易になり、山小屋の利便性やサービス性が向上したということ、登山用具や装備が進化し、機能的で軽く、丈夫で、コンパクトになったということ。これらは、自分自身が無事に山を登って降りて来られるかどうかとは、まるで関係がない。それが安全な登山を約束してくれるわけではないのに、両者をイコールで結んでいる人々もけっこういるのではないだろうか。このような思いや疑問をきっかけに、山のリスクとの向き合い方を私なりの見方で提案したのが本書である。
 山のリスクとは言っても、ここには垂直な壁を安全によじ登るテクニックとか、雪崩や凍傷のリスクを避けて安全に冬山を歩く技術の話は出てこない。
 季節については、初夏から秋にかけての、のんびりとした山歩きのことばかりである。対象とする読者層も、駅のホームや山麓の駐車場でよく見かける、山歩きの好きなごくふつうの人々である。早い話が、本書は次のようなトリビアな山のリスクについて、さまざまな考えを巡らせるものだ。

・だれでも直面するかも知れない戸惑いや焦り
・だれでも判断に迷うかも知れない困った状況
・だれでもうっかり陥るかも知れない自然のワナ

 ふつうでない点があるとすれば、まさに他の本なら当たり前すぎて取り上げないような、トリビアなリスクを正面から堂々と取り上げていることだろう。「取るに足らない事なんて」といってしまえばそれまでだが、前にも述べたように、今日の山の事故は起こるべくして起こる必然的なものよりも、うっかり見過ごしがちなちっぽけなリスクから生じることが多いのである。それが本書の根本的なテーマであり、取り上げる理由だ。また、山のリスクは〝そこにある〟のではなく、私たちが山で〝作りだすもの〟というスタンスに立っていることも本書の特徴である。
 しかしそれは、山に行くたびにリスクの十字架を背負って歩いているような、重い気持ちにさせるものではけっしてない(ただでさえ、ザックが重いというのに!)。むしろ、今までよく見えなかった山との関係が、リスクを通じてよりはっきりと見えるようになり、充実した山歩きを楽しめるようになることを期待するものである。
 本書のタイトル『山で正しく道に迷う本』には、次の二つの思いが込められている。一つは、山の本にはいろいろなジャンルがあるけれど、おそらく本書はそのどれにも当てはまりそうにないという意味で、意外性のある書名にしたかったこと。
 もう一つは、山の事故で最も多い道迷いのリスクへの対処を象徴的に示したかったこと。どんな登山者も山で道に迷うリスクはゼロではないが、そうしたリスクをまったく関知せずに道迷いに遭遇する場合と、道迷いのリスクの性質を理解した上で迷った場合とでは、危険性や心の余裕などに大きな差が出る。「正しく道に迷う」とは、リスクとの向き合い方がわかっていれば、万一道に迷っても正しいルートに復帰できるだろうし、無事に山を降りて来られる可能性も高いことを、暗に示した言葉なのである。
 本書を読み終え、次の山へ向かうとき、これまでとは少し違う出会いー森や岩、山道、山小屋、そして山の生き物たちとの少し改まった出会いーが、皆さんを待っているにちがいない。

二〇一三年一一月
昆 正和 

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