内容
東日本大震災、福島の原子力発電所事故により、日本のエネルギー政策、インフラの見直しが急務になっている。しかし、原子力問題をはじめ課題は山積。著者は、大手重機メーカーにてエネルギーや環境事業などのマネジメントを担当。本書は、その実業経験、見識をもとに、次代の日本のエネルギー戦略を提言する。
福江一郎 著者プロフィール
(ふくえ いちろう)
三菱重工業株式会社 特別顧問
1946年香川県生まれ。九州大学大学院工学研究科機械工学専攻修了。1971年三菱重工業株式会社入社。2001年高砂製作所長、2002年取締役高砂製作所長、2005年取締役常務執行役員原動機事業本部長、2008年取締役副社長執行役員を経て、2011年6月より現職。副社長時代は全社のエネルギー環境事業を統括。
目次
はじめに
日本のグリーンイノベーションを問う
エネルギーインフラを見直すためには
原子力に対する考え方
エネルギーコストの対GDP比率は今
新エネルギー政策推進のための不可欠な要素
省エネの重要さ
コスト負担を受け入れない国民と社会システムの硬直化
第1章 エネルギーインフラ再整備をめぐって
世界と日本の電力料金
「自由化」「規制」と電力料金
コラム◆電力コスト試算の盲点
エネルギーインフラ投資の重要さ
エネルギーインフラ整備は公共工事か
コラム◆日本の制度設計の問題
第2章 再生可能エネルギーは主役になれるか
日本の再生可能エネルギーの開発ポテンシャル
海外で再生可能エネルギーが使われている例
再生可能エネルギー導入の阻害要因
コストの高さを示す例
コストを押し上げている「社会システム」
太陽光発電の実力コスト
太陽光発電のコストの動向
風車の実力コスト
コラム◆各国の再生可能エネルギーに対する補助金制度のメリット、デメリット比較
出力変動吸収のための工夫
出力調節機能にかかるコスト
EUの送電網
送電網の強化で発生電力を平準化
MOEによる運用
設置認可の問題
コラム◆FITの光と影―補助金制度の落とし穴と再生可能エネルギーの将来像
第3章 地球環境問題をどう考えるか
熱が冷めてきたCOPへの取り組み
COは本当に気候変動の犯人か
「低炭素社会」へ誘導したが、今は「裸の王様」
化石燃料の可採年数
COP17の行方―世界は意外と早く動く
コラム◆中国―世界一のグリーンイノベーション投資
CO削減のシナリオ
日本はどうすべきか
第4章 エネルギー消費の失われた20年とこれから
エネルギー消費の「失われた20年」
「省エネで経済発展」へ発想の転換を
だれが悪者か?
人口当たりに直すと日本は優等生ではない
コラム◆民主主義の国アメリカ
エネルギー統計の考察
コラム◆CO削減の目標は達成可能か
コラム◆日本の工業(工場)をどう守るか
第5章 今後、日本はどうすればよいのか
五つの提案
1 20%の省エネ社会の実現(社会構造の変革)
節電活動について
20%の省エネ社会を目指す具体的な方策
首都機能の地方分散
統計上は都市の効率が良い
一極集中のリスク回避の観点から
交通のモーダルシフト
鉄道網、内航船の活用と自家用自動車の自粛
「テレビ会議システム」と「在宅勤務」
電化の推進(ヒートポンプの導入促進)
民生部門の決め手として導入
電気自動車(EV)の普及
エネルギーインフラ革命の起爆剤
エコな生活のすすめ(啓蒙活動)
日本人本来のエコマインドへ回帰
コラム◆エコな生活のすすめ
省エネ製品の開発と普及
いっそう磨きをかけよう
2 バランスと安全保障を考えたエネルギー計画
いろいろなエネルギー源にリスク分散する
ベストミックスの考え方
20%の再生可能エネルギーを実現させるには
ベストミックスのケーススタディ
燃料供給のセキュリティ確保の観点
石炭火力を残す理由
ガス火力発電の技術開発
獲得競争にさらされるLNG
実用化した高効率のガスタービンコンバインドサイクル
コラム◆手ごわい化石燃料王国
再生可能エネルギーの可能性
挑戦的な発電量の目標
投資金額はどれぐらいになるか
3 安い再生可能エネルギーの実現と普及
太陽光発電をどう広めるか
太陽光のコストダウンと普及
日本の進むべき道筋
公共事業と割り切る考え方
仕組みとして太陽光をどう普及させるか
太陽電池普及のためのアイディア
コラム◆太陽光と太陽熱
太陽光発電の効用
風車をどう広めるか
普及を妨げている要因
送電線網を構成する組織作り
洋上風車の開発を推進する
洋上風車プロジェクトで震災復興
ウインドファームの大規模化を工夫
ヨーロッパの洋上風車開発
コラム◆英国洋上風車―第二の北海油田に賭ける
地熱発電をどう広めるか
地熱発電タービン機器と温泉掘削で圧倒的技術力の日本
地熱発電の開発と観光
コラム◆その他の再生可能エネルギー
4 電気自動車(EV)先進国を目指す
問題は「高いコスト」と「限られた蓄電容量」
用途を割り切ればけっこう実用になる
EVの多様な使われ方
過去には外的圧力に屈する。今は自滅に注意
都市交通に最適の電気バス
バッテリー交換式のEV
5 スマート化への社会投資
エネルギーの節約と融通を図る
IT業界とエネルギー業界の同床異夢
スマートグリッドが持つべき機能
EVのつなぎ込みがもたらすもの
ディマンドレスポンスを拡大する
コラム◆日本のインフラ輸出に思う
エネルギー大動脈の整備
あとがき
はじめに
日本のグリーンイノベーションを問う
「グリーンイノベーション」―。これは新しいクリーンな社会の到来、これまでにない産業の創造、新たな雇用の創出など現在の停滞感を打破する新鮮な力を予感させる言葉である。具体的には、現在の化石燃料依存型社会、エネルギー・資源多消費型経済から、「低炭素社会」への脱皮を図り、省エネ・省資源型経済、持続可能な自給型社会を実現すると定義されるが、果たして実際に、日本でこれを実現するにはどうしたらよいのか。
目指す理想的な姿に到達するために、産業構造の変革、ライフスタイルの変革など、かなり思い切った社会構造の改造が必要であり、国家としての確固たる信念(政策)とそれを支持する国民のコンセンサスが不可欠となる。まさに国家百年の計として取り組む必要があるが、我々の体制は目標達成に向けて準備が整っているといえるだろうか。
なぜ低炭素社会へ移行するのかについては、もともと地球環境問題、CO削減のプレッシャーが動機となっている。これを実現できれば、その有限性ゆえに国際的な争奪戦と高騰が懸念される化石燃料からの脱却がはかられ、より安定した持続可能な社会を築くことができ、将来、国として経済的にも大きなメリットを享受できることは明確である。最後に到達する姿は誰が考えても美しい理想的な社会をイメージできるが、それに至る途中の道のりは厳しい。当面の経済的な負担が大きいし、また現在の居心地がよい社会システムから脱却するために、ある程度の犠牲(我慢)を国民に強いることになり、まさに茨の道を歩むことになる。ただし、今後30年、50年後を考えた場合、低炭素社会のほうが国としての社会コストも小さく、これに早く到達した国が勝者となることは明らかである。この点を踏まえて長期的に社会投資を継続し、確固たる方針を貫いていけるか、国家としての長期戦略が問われている。
エネルギーインフラを見直すためには
このような中、今回の大震災、福島の原子力問題に端を発して、日本のエネルギー政策を根本的に見直すべきとの動きが出ている。だがこれは言うほど簡単なことではない。産業界、国民の意見を聞いて慎重に進める必要があるが、百家争鳴、まとめるのが大変である。ただし、エネルギー問題が日本の国民レベルまで巻き込んで、これほど注目を浴びたことはかつてなく、この機会に徹底的に、真剣に議論して今後の方向性を見出すのは悪いことではない。ぜひとも長期的な観点から正しい低炭素社会への道筋を見つけてほしいと思う。
いろいろ出ている発言の中には、総論賛成・各論反対的な身勝手な意見があるし、長年かけて築き上げたエネルギーインフラを再構築するとなると莫大な費用と時間がかかるという点を忘れた議論が少なくない。「技術開発のスピード」と「経済とのバランス」は考えるべき重要な事項であるが、これが考慮されない場合もある。
まずは、エネルギー産業の特性として「魔法の杖のような珍手はない」という点を頭に入れるべきだろう。エネルギーインフラを構成している一つ一つの要素は、長年の歴史に裏づけされたオーソドックスな技術の積み重ねであり、技術の進歩にしても、画期的な技術が急に出てくるわけでない。見直すにしても、ゆっくりしか動けないのである。
エネルギー関連事業は、資源の発掘、流通、末端の供給まで入れると、世界のGDP(国内総生産)の10%以上を占めるといわれている。また構成される機器の寿命も30~40年以上と長く、投資金額も大きいので、スマートフォンみたいに新型が出たからすぐに買い換えるとはいかないことを、本質的な特性として理解する必要がある。投資金額も、たとえば通信インフラに比べると一桁大きく、何をやるにしても経済に対する影響が大きい。それだけに何かを変える場合、慎重な検討と将来を見据えた正しい判断が必要であり、実行に当たっては、迅速な推進が要求される。
原子力に対する考え方
現時点でエネルギー 問題を論ずる場合、まずは原子力についてどう考えるかがいちばん大きな論点であるのは間違いのないことである。ただし、この問題に関しては、まだ国内での議論が緒についたばかりであり、国家としての方向性が定まるまで、すこし時間がかかると思われるので、本書ではあえて深く触れることはしない。ただ、この問題は国家としての哲学が問われており、国民全体を巻き込んだ徹底した議論が必要である。何より現地の事態の収拾と、悲惨な福島の住民の窮状を救うことが最優先課題であることは論をまたない。
あとで出てくる、今後のエネルギーバランスの試算では、原子力の比率は、一応現状維持と仮定しているが、今後の議論で、原子力の方向性が決まれば、それに応じて修正する必要があるのは当然である。
エネルギーコストの対GDP比率は今
エネルギーと経済活動は密接に連動している。エネルギーは経済の原動力、血液であり、安価なエネルギーの確保が経済発展の鍵を握ることは、これまで原油価格の変動が世界経済に大きな影響を与えてきた例をあげるまでもなく、自明の理である。エネルギー価格が上がってもよいと簡単に考えると、あとで大きなしっぺ返しを食らう。安いエネルギーの確保が、経済発展と快適な生活維持のため、いちばんの重要課題であるという原点を忘れるべきではない。
たとえば、日本のGDPの成長と国内のエネルギーコストの相関を、過去40年間に遡り見てみると、1970年から1980年にかけての第一次、第二次オイルショックの時期に、エネルギーコストの高騰がきっかけで経済成長が止まり、日本経済が大ピンチに陥ったが、この時点でのGDPに占める国内のエネルギーコストの比率を計算すると10%に迫っていた。
その後、国を挙げての省エネ活動の成果と原油価格の安定化により、しばらくはエネルギーコストが安い時期が続き、経済の安定成長期を謳歌することができた(やがてバブル崩壊に至るが)。最近では、エネルギーコストは円高の効果もあって安定していたが、今ふたたび、若干上昇基調にあり、今回の原子力問題、今後の原油価格の高騰懸念等を考えると、安閑としてはおれない状況にある。経済成長はエネルギーコスト以外の要因も複雑に関係しているので、それほど単純な話ではないが、一つの目安としてエネルギーコストの対GDP比は、妥当なレベルに抑える必要があると考えるべきではないか。
新エネルギー政策推進のための不可欠な要素
とにかく、このような国の重要政策であるエネルギー政策は、ある程度の「国民の合意」を得たあとは「確固たる政策(方針)」を決めて、強引に推進することが肝要だ(ある程度の期間、国としての方針はブレないほうがよい)。この点、海外では思い切りがよい国が多いように思える。
たとえば、早々と原子力廃止を宣言した自然エネルギー派のドイツ、原子力を堅持するフランス、北海で挑戦的な大規模洋上風車に取り組む英国、最近グリーンイノベーションに目覚め世界をリードしはじめた中国、逡巡しているように見えるが民主主義的で公平な競争原理の中で着々と自然エネルギーの導入をはかるアメリカ、等々。
これらの国々に比べて、これまでの日本は若干日和見的、小手先的な政策に終始してきたように見える。それが、今、大きな決断を迫られる転換期を迎えている。そして、次の四点セットが新しいエネルギー政策を推し進めるために不可欠な要素となっている。
「国民の決意と覚悟」
「確固たる政策」
「経済とのバランス」
「技術開発の裏づけ」
省エネの重要さ
また、一般の人には意外かもしれないが、日本は1990年代前半のバブル崩壊以降約20年間、知らず知らずのうちにエネルギー浪費型社会にはまり込んでしまっている点を認識する必要がある。今後のエネルギー政策の中で、エネルギー消費をいかにスリム化できるか、ライフスタイルの変革、社会システムの変革など、日本社会の大きな構造改革が求められている。
原子力か再生可能エネルギーかといった供給側の改革の議論と同時に、消費側の改革の議論も同じウエイトで重要である点の注意を喚起したい。今回、否応なしに始めた「節電活動」や、すでに広く認知された「スマートコミュニティ/グリッド」がこの消費側の改革の出発点となる。
コスト負担を受け入れない国民と社会システムの硬直化
日本でエネルギー改革の問題を難しくしているのは、国民の総論賛成・各論反対的なエゴとそれに対応する社会システム(利権関係者の)の硬直化ではないだろうか。そう言うと、双方の陣営から猛反発を受けそうである。「我々はそんなエゴを言っていない」また「社会システムは硬直化していない」と。
最近のいちばんホットな「原子力を止めて再生可能エネルギーに置き換えるべき」を例とすると、まず議論になるのが、「原子力を止めることによるコストアップの負担」という問題である。多少は企業努力による吸収はあるが、本質的には電力料金に反映して国民の負担で回収されることになる。ところが、これは多分国民にはすぐには受け入れられない。原子力の分を再生可能エネルギーでまかなおうとすると、「太陽光」「風車」「地熱」など、当面日本で商業ベースにのると考えられる発電方式を総動員する必要があるが、コストの問題に加えて、設置の困難さ、これらを受け入れる送配電系統の設置等、気が遠くなるような努力と初期投資が必要となる。
硬直化した社会システムの中では、「再生可能エネルギーの設置」「必要とされる送電線増設」はそれほど簡単ではない。設置される地域住民の合意を得るのがきわめて難しいケースが多い。典型的なNIMBY(Not In My Back Yard)問題である。そうした硬直化した社会システムが、エネルギーも含めて国内のすべてのコストを押し上げている点は、否定できないのではないかと思う。
要するに、これまでの経済活動の中で、いちばん経済的で便利な点にバランスされている現状のエネルギーインフラから、意識的にある方向に持っていこうとすると、何らかの追加コストと犠牲(我慢)が生ずる。改革には痛みが伴うという点と、それなりの覚悟が必要である点は、国民皆が最初に認識しておくべき事柄だと思う。エネルギーコストはできるかぎり安くあるべきであるが、変革に際して、コスト上昇をどこまで許容するか、覚悟を決めることが肝要なのである。
本書は、長年エネルギー産業界に身を置き国内、世界のビジネス最前線で戦ってきた筆者の経験をもとに、日本のエネルギー問題について日ごろ考えていたことをまとめたものである。現状の問題点を整理し、最新の技術動向、世界の動きなどを紹介しながら、将来の理想的な低炭素社会をイメージして「省エネ社会のありかた」「理想的なエネルギーバランス」「再生可能エネルギーの可能性」「電気自動車(EV)の将来像」「スマートコミュニティの効用」等について考察している。最終的には日本のエネルギーインフラの理想的なあるべき姿(グリーンイノベーションへの道筋)を描くことを目指している。
考え方としてできるだけ公平になるように考慮したつもりだが、一般の方々から見ると、当事者からみたエネルギー論議ということで、身内の援護、身勝手な意見ではないかとの指摘を受ける部分があるかもしれない。しかし我々エネルギー関係者の目から見ると、ここに紹介する考え方はごく一般的で常識的なものである。このような見方もあるということで、今後のいろいろな議論のベースとして使っていただけると幸いである。なお、本稿に関する責任はすべて筆者一人に帰すべきものであり、本稿のうち意見に関わる部分は筆者の個人的見解にすぎず、筆者の所属する組織の見解を代表するものではないことをお断りしておく。












