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美鋼変幻
―たたら製鉄と日本人―

定価(税込)  1,944円

著者
サイズ 四六判
ページ数 256頁
ISBNコード 978-4-526-06657-3
コード C3034
発行月 2011年03月
ジャンル 経営

内容

現在、世界で唯一行われている「たたら製鉄」である「日刀保たたら」。著者は、現在へその技術が伝わる日刀保たたらの研究と運営管理に長年携わっている。本書は、その経験をもとに、鉄の歴史、特にたたら製鉄の歴史遺産としての価値を時代を追いながら検証している。

黒滝哲哉  著者プロフィール

(くろたき てつや)
1962年神奈川県生まれ。
1992年日本大学大学院文学研究科日本史学専攻博士後期課程単位取得退学
国立国会図書館非常勤職員などをへて
1996年財団法人日本美術刀剣保存協会たたら課・刀剣博物館学芸員
2006年財団法人日本美術刀剣保存協会たたら課主任
2009年財団法人日本美術刀剣保存協会たたら課長
たたら研究会・日本鉄鋼協会・歴史学研究会・日本史研究会・史学会会員

目次

はじめに  

第一章 たたらの操業過程―「誠実は美鋼を生む」  
高殿―たたら製鉄の操業現場  
第一日―炉床を作る  
第二日―釜土の練成  
第三日―築炉  
第四日―送風管の設置と火入れ  
第五日―砂鉄と木炭の装入  
第六日―鉧の育成に細心の注意  
第七日―炉を壊し、鉧を引き出す  
鉧のその後  
砂鉄と木炭が美鋼のもと  
たたらの本質は「人間力」  

第二章 鉄の黎明と古代・中世の鉄  
製鉄発祥は西アジア  
中国と朝鮮半島での製鉄  
日本列島での黎明  
律令国家期の製鉄  
蝦夷征討のための製鉄施設  
「上からの鉄生産」から「下からの鉄生産」へ  
中世の鉄生産  

第三章 近世の鉄―奥出雲の繁栄  
室町期の鉄―室町技術革命  
江戸時代のたたら―革命的発展  
「鉄師頭取」を勤めた絲原家と櫻井家  
山内―山中の一大拠点  
天秤鞴の発明  
砂鉄の採取―真砂砂鉄と赤目砂鉄  
たたらの地下構造―見えないところにある本質  
たたら場―「高殿」の完成  
たたらの守護神―金屋子神社  
山陰の鉄の流通  

第四章 近代日本の製鉄―たたら廃絶までの転変  
「明治はよかった」論の陥穽  
近代化日本の陽と陰  
欧米列国の帝国主義  
誤っていなかった幕府の外交政策  
戊辰戦争と反乱勢力への苛斂誅求  
近代化の歪みと欺瞞  
植民地政策の予行としての北海道開拓  
日本政府による「韓国併合」―北海道政策の実践  
「裏」日本と位置づけられた山陰  
目指された産業の「効率」化と「軍事」力の充実  
殖産興業とたたら  
殖産興業政策の動向  
工部省の殖産興業政策  
内務省の殖産興業政策  
農商務省の殖産興業政策  
殖産興業と内国勧業博覧会  
殖産興業政策の負の側面  
近代製鉄に比べてたたらは「時代遅れ」  
「角炉」の開発と改良  
「産業植民地」化された在来産業  
第一次世界大戦とたたら  
軍需に応じきれなかった「たたら製鉄」  
「大戦景気」で天国から地獄へ  
鮎川義介による救済  
「靖国たたら」と荒木貞夫  
「財団法人日本刀鍛錬会」の発足  
安来製鋼所と「靖国たたら」  
地下構造を復興  
荒木貞夫の伝統技術への関心  
「靖国たたら」と日本刀鍛錬会の終焉  

第五章 たたらと日本刀―たたら復活への戦後史  
アジア・太平洋戦争とたたら  
たたら復活への努力  
不可欠な日立金属株式会社による「技術援助」  
「選定保存技術」とは何か  
復活後の「日刀保たたら」  
職人育成の課題  
刀職者育成の方法  
選定保存技術団体での育成方法  
第六章 たたらと照葉樹林文化  
新たなたたら論のために  
日本人論のあらまし  
たたらと照葉樹林文化論の「邂逅」  
照葉樹林の分布と重なる生活文化の分布  
山陰は製鉄技術と照葉樹林文化の交差点  
山陰地方の復権  
たたらと環境問題  
おわりに  
あとがき  
資料/(財)日本刀鍛錬會に就いて 倉田七郎  
「日刀保たたら」の見学及び取材について

はじめに

 十九世紀にドイツを統一して強国に育て上げ、その後の世界史の行方をある種規定したともいえる近代国民国家の生みの親、ドイツ帝国宰相ビスマルクはこう語った。
 「ドイツをめぐる諸問題は鉄と血によってのみ解決される」
 彼はこの言葉のインパクトによって鉄血宰相と呼ばれる。
 この発言はさまざまに解釈をされ、次の言葉に収斂したと考えられている。
 「鉄は国家なり」
 である。
 「鉄」という金属の特性と本質をこれほど見事にとらえた言葉はほかに見ることはできない。かつて「太陽王」と呼ばれた十七世紀フランスのルイ十四世は、みずからの統治を誇示して「朕は国家なり」と言い放った。この言葉は絶対主義体制下における普遍性を表現するものである。近代においても、これは一部の独裁国家に適用できるかもしれない。だが、これとても国家史の一断面を表すにすぎず、ビスマルクの言葉からの解釈が意味することほどには国家の普遍的本質に迫っているとはいえないだろう。
 このことを念頭に置きながら、時間を数千年さかのぼらせてみたい。時代は紀元前、中東地域に鉄を使う国家が初めて現われた。この国家はいち早く鉄の生産技術を獲得し、その鉄で強化した戦車を戦闘で効果的に使用することで、近隣諸国を征服していった。ヒッタイトである。ヒッタイトは、周辺がいまだ青銅器文化に身を置く中で、早々と鉄資源を獲得し、勢力を拡大したのである。現代でいえば、ハイテク技術による国家建設と軍事力の育成であろう。
 鉄の歴史的重要さは、日本でも指摘できる。日本がまだ国家の体制を整えきれなかった三世紀から四世紀ころに成立したと見られているヤマト王権は、その支配地域を拡大していくなかで、鉄の力を効果的に利用した。大王を中心に隣国の朝鮮半島にあった国と鉄をめぐって争い、国内では鉄製の武器で支配を伸長させていったと考えられる。鉄なくしては国家の歴史、とりわけ草創期のそれを語ることは不可能なのである。
 国家が他国を侵略し、領地を拡大し、より強国化する。その際に、鉄の果たす役割の重要さは、一朝一夕で語り尽くせるものではないのである。
 二十一世紀になり、さまざまなテクノロジーが発展し、人類はそれを先鋭的に使用している。IT革命なる変革が起こり、人類史は十八世紀の産業革命以来新たな局面に至っている。携帯電話をはじめとするさまざまな通信機器、新たな映像手法、これまで考えもつかなかった情報の記憶処理システム装置の発明・開発等々、数え上げればきりがないほどのテクノロジーの発展である。しかし、いくら科学が発達し精緻化したところで、鉄の存在が無視されたことはない。二十一世紀の今になっても、である。近年ではレアメタルなど稀少金属の存在が注目され、産業構造の重要な一端を担うようになった。とはいえレアメタルの存在がレアであり稀少であることのゆえんは、基調の金属である豊かな鉄の存在があってこそ語られる。人類は、これまでも、そして今後も、技術革新や改変、それにともなう「革命」とまで謳われる社会改造に、鉄抜きで遭遇することはないであろう。
 紀元前においても、二十一世紀においても、鉄が国家や社会の帰趨を決めるという視点は不可欠であり、またその視点なくしては国家や社会の正確な歴史は捉え得ないのである。
 つまり鉄の歴史はそのまま国家の形成史を物語り、近代に入ってからは国家の本質を如実に反映するといっても過言ではない。国家、いや、人類の歴史は、そのまま鉄の歴史であると換言することも誇大な表現ではないと思われる。
 本書に課せられた課題は、その鉄の歴史を、またその本質を、おもに「たたら製鉄」という面から検討することである。
 鉄は日常きわめて親しみやすく、「ありふれた」金属である。貴金属ではもちろんない。非鉄金属という言葉からもわかるように、鉄は金属の大きな分類基準に採用されている。それぐらい鉄の存在は当たり前のものであった。それほどに鉄は身近で不可欠な金属として、人類とともに歩んできた。別の見方をすれば、それゆえに鉄は、国家のみならず、社会全体の成り立ちや人々の生活を大きく規定し、規制してきたともいえるのである。
 つまりは人類史にあっては、古代であれ近代であれ、国家という存在を通してさまざまな歴史的事象が生み出されてきた。その際の重要な役回りを「鉄」が演じてきた。本書で日本の製鉄史を、とくにたたら製鉄を中心に著すにあたり、ビスマルクの言葉を冒頭に持ってきた理由はそこにある。
 鉄の歴史を振り返ると、日本には古来から砂鉄と木炭を用いて純度の高い鉄をつくる独特の製鉄法があった。それが、たたら製鉄である。
 たたら製鉄は、これまでもそのメカニズムや独特の製鉄法についての科学的研究が盛んであった。その研究の有用性はいうまでもない。「たたら」という日本古来の独特の製鉄法はなお、学問的にきわめて多くの問題を提起してくれている。メカニズム的に未解明な面のみならず、さまざまな視点から分析することで、今後の日本や日本人への水先案内の要素も多く含んでいると考えられるのである。たたらは学問的可能性を非常に広く持った小宇宙であるといっても過言ではないであろう。
 筆者はたたら製鉄に十五年間携わってきて、そこから日本歴史を見直すことの有効性を見出した。たたらを中心に日本の歴史を再検討してみると、いったい何が見えてくるだろうか。その考察を通して、「日本」という枠組みの持つ特色を再検討してみたい。とくに日本の近代とは何か、近代国家や社会の本質は何であったかといった課題を再検討する必要性を強く感じている。
 そこで、まずは本書の主軸であるたたら製鉄のあらましを紹介することから始めたい。これは現在でもいにしえの姿が連綿と維持・継承され、毎年粛々と行なわれている製鉄の技術である。
 今現在も稼働するたたらは島根県の山間地にある。このたたらは、それを直接に運営する団体である「財団法人日本美術刀剣保存協会」の略称を冠して「日刀保たたら」と名づけられている。たたらの技術については、近年では映画「もののけ姫」(宮崎駿監督)で、そのものズバリの「たたら場」とたたら製鉄が描かれていたことで、イメージはかなり普及したといってよい。あのアニメーションは、中世絵巻やこれまでの歴史学的研究の蓄積をかなり豊富に取り入れているともいわれ、歴史学者の中からも評価が高いという。たたらを知るうえでもかなり有効な情報が盛り込まれていた。ただし映像の中のたたら、とりわけ、たたら場の描き方は正確ではない。もっとも監督の宮崎氏は、それを重々承知の上で作ったという。何がどう正確でないのかは本書を読みすすめばおわかりいただけよう。ともかくも、「もののけ姫」でも描かれていたように、粘土で炉を作り、木炭を火力とし、砂鉄をくべ、鉄を作るというのがたたら製鉄である。そこでできた鉄はかつては武器や農工具、また交易などで、いまは現代刀の作家たちの材料に使われている。
 そのたたら製鉄の学問的定義は、以下のようになる。

 たたら製鉄とは、粘土で築いた炉に原料を砂鉄とし、燃料に木炭を用い、送風動力に鞴を使用して、きわめて純度の高い鉄類を生産する日本古来の製鉄技術をいう。(鈴木卓夫『たたら製鉄と日本刀の科学』雄山閣、一九九〇年)

 この定義の冒頭に「一操業ごとに」という文言をいれれば、現段階の定義としてはほぼ完璧といってよい。
 さて、ではこのような定義で語られるたたらの所在地から話すこととしよう。そこは、東京から飛行機と車を乗り継いで、所要時間約五時間ほどのところにある。島根県仁多郡奥出雲町大字大呂。その名のとおりいわゆる秘境「奥出雲」といわれるところである。近くには出雲神話にでてくる鳥上山や、ヤマタノオロチにまつわる斐伊川など、また近世に栄え、山陰の大きな経済力を支えた鉄師とよばれる「山林大地主」の絲原家など歴史的な場所が散在し、たたらを語る上での材料には事欠かない。この地に、財団法人日本美術刀剣保存協会の運営する「日刀保たたら」が存在する。隣接するかたちで、「日刀保たたら」にとっての最大・最良のパートナーである「鳥上木炭銑工場」という日立金属株式会社の系列の工場がある。
 「日刀保たたら」の敷地内には日本刀の鍛錬道場も作られている。その風景と配置は、さながら「日本刀のコンビナート」の様相を呈する。秋になると財団法人日本美術刀剣保存協会主催の「作刀技術実地研修会」が行なわれ、修行中の刀匠の卵と現役のおもに若手刀匠が、より高度な作刀技術の習得を目ざして研修を受ける。
 若手刀匠のみならず日本刀に携わる関係者、ことに技術者である職人にとって、この地は文字どおり「聖地」ともいえ、「文化」としての日本刀の原郷のひとつがここにあるといっても間違いではないであろう。
 唐突に日本刀を話題としたことで、戸惑われている方もおられよう。しかしこの点にこそ、いまのたたらを語る上での重要な問題がある。詳しいことは後述するとしても、たたら製鉄は現在では、日本刀を制作している作家達に原材料としての玉鋼を供給するために操業を行なっているからである。文化財保護法の指定をうけた伝統技術という位置づけのもと、後継者を育成し、貴重な文化財としての技術を伝承することを責務としている。つまり現在では、たたらを語る上で日本刀は不即不離の存在なのである。
 この「日刀保たたら」を含め、たたらの全体像を語るには、さまざまなことを見ていかなければならない。砂鉄から鉄が出来るメカニズムはいかようなものか。洋式製鉄との違いは何か。なぜ奥出雲という地にたたらは存在するのか、などである。
 また、世界遺産の問題が近年浮上してきている。この「日刀保たたら」の所在する山陰地方は、述べたように多くの鉄関係の遺跡や歴史的文化財が散在する。この地域一帯が世界遺産に指定されるように、関係者は動き出している。たたら製鉄が非常に貴重な文化遺産として世界遺産に登録されれば、その価値は世界的に認識され、歴史的価値もさらに向上することは間違いないところであろう。
 本書は、現在も稼働している「日刀保たたら」の紹介を主眼としつつ、その背景の歴史をふまえ、日本列島に展開した鉄の歴史を概観することを目的とする。
 そのために、まずは今現在も稼働するたたら製鉄の状況、つまり「日刀保たたら」の操業場面を記すことから始めたい。そののち、紀元前の西アジアを初発とし、東アジア、そして日本列島へと伝播した鉄の歴史に踏み込んでいきたい。

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