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トヨタ式A3プロセスで仕事改革
―A3用紙1枚で人を育て、組織を動かす―

定価(税込)  2,376円

著者
訳者
サイズ B5判
ページ数 160頁
ISBNコード 978-4-526-06376-3
コード C3034
発行月 2009年12月
ジャンル 生産管理

内容

トヨタには「A3マネジメント」と呼ぶ、報告・提案をA3文書1枚にまとめて、仕事を進めるルールがあり、問題解決や人材育成に大きな成果を上げている。本書は、このマネジメント手法を、単に形式だけでなく、そこに流れるスピリッツも含め紹介する。

John Shook  著者プロフィール

ジョン・シュックは、1977年に日本企業を訪問するツアーに初めて参加し、企業、仕事のやり方、組織のあり方についての観察と分析を開始した。これが、ジョンが後にトヨタで10年にわたって働くことにつながった。トヨタがその生産と技術とマネジメントを日本から海外拠点およびサプライヤーに移植するのを支援してジョンは10年を過ごす。ひとつの(巨大な)組織においてリーンの原則を具体化するという実務経験はジョンに普通では得難い洞察を与えた。リーン・トランスフォーメーション(自身の組織をリーンな組織へと変えること)に興味を持つ人々なら誰でも直面する課題について、それは特に示唆に富むものであるはずだ。ジョンは、Learning to See(Mike Rotherとの共著)でバリュー・ストリーム・マッピングをリーン実践者にとっての1つのツールとして紹介し、Kaizen Express(成沢俊子との共著)では「型」の訓練を積んだ後に真の創造性発揮に至るというリーン・トランスフォーメーションの伝統的な進め方を改めて提唱した。本書Managing to Learnによって再び彼はリーン実践者を新しい領域へと導く。すなわち、A3による指導と実践である。

ジョンは産業人類学者だ。Lean Enterprise Institute(LEI)のシニア・アドバイザーとしてJim Womack、Dan Jones、Jose Ferroとともにリーンの原則を研究し、開発するとともに、さまざまな会社がリーン生産を理解し実践するのを支援している。彼はまたミシガン大学のJapan Technology Management Programの前部門長であり、現在は2つのコンサルティング・グループ(Lean Transformation Group LLC, TWI Network, Inc.)の代表を務めている。ジョンは、リーン・コミュニティおよびリーンへの跳躍を未だ成し遂げるに至っていない人々に対して彼の知識と洞察を惜しみなく分け与える本物の「センセイ」として認識されている。

成沢俊子  著者プロフィール

1983年〜2002年NECに勤務。金融庁勤務を経てPEC産業教育センターにて改善を研究。人間環境大学非常勤講師。John ShookとMike RotherによるLearning to Seeの邦訳「トヨタ生産方式にもとづく『モノ』と『情報』の流れ図で現場の見方を変えよう!!」(2001)、Art SmalleyによるCreating Level Pullの邦訳「トヨタ生産方式にもとづく『ちょろ引き』で生産管理を改革しよう!!」(2006、ともに日刊工業新聞社)の翻訳者。John Shookとの共著「英語でkaizen! トヨタ生産方式――Kaizen Express」(2008、同じく日刊工業新聞社)は、米国版、台湾版、ブラジル版も発行されている。

目次

目 次





著者による日本語版への序文および謝辞 ジョン・シュック



序文 ジェームス・ウォマック



はじめに



第1章 A3とは何か?



第2章 現状を把握する――現場へ行くべし



第3章 ゴールとギャップ分析――真因の追究



第4章 対策の提案――セット・ベースの意思決定



第5章 実行計画とフォローアップ――プル・ベースの権限



第6章 PDCAに終わりなし――A3シンカーを育てる



むすび 学ぶことを学ぶ――習い方が身に付く



始めるにあたって――A3には2人が必要



著者紹介



参考文献



訳者あとがき



A3の例

はじめに

はじめに





私が10年強にわたって働いた会社、トヨタでは、問題に対する考え方、つまり、より良い計画を立てより良い意思決定を行いより良く実行するために問題から学ぼうとする考え方が、会社としての成功の秘密の1つである。会社のあらゆる階層において問題や課題を見つけ出し、問題の構造をつきとめ、解決のために手を打っていくプロセスこそ、個人の力を引き出し、継続的に知識と能力を深めていくすべてにわたっての鍵だ。そしてそれは、トヨタのA3プロセスの構造の中に見出すことができる。

このため、本書は、自身の問題の解決を追求するなかでその問題からあなたが学べるようにつくられている。その過程で、問題を自ら解決できる革新的な社員が生み出されていくはずだ。今日に至るまで、トヨタ・システムの中のいろいろな要素がトヨタのとてつもない成功の鍵として取り上げられてきたが、トヨタが達成した最も重要なことは、「学ぶことを学び続けてきた」ということに尽きる。

A3レポートを知る人の多くは、それをまず単なるコミュニケーションのツールないし問題解決の手法として見る。限定的ではあっても即効性はあるそのような使い方に人々の関心が集中するのは、理解できることだ。実際、A3レポートは非常に強力なツールで、事実に基づく効果的な対策へと導いてくれる。結果的に、意思決定や計画立案、提案、問題解決にA3プロセスを正しく使えば、会社はすぐにでも短期的な利益を生み出すことができるだろう。

しかし本書では、一連のマネジメント・プロセスとしてのA3を描き出したいとも私は思っている。A3プロセスを広範に適用することによって、組織に革新を持ち込み、計画し、問題を解決し、さらにはより幅広くより深い思考方法を共有する基盤を築く「やり方」を標準化することができる。これは、仕事そのものに深く根ざした組織的な学びを生み出す。つまり、オペレーショナル・ラーニングだ。



トヨタでの発見

1983年から始まった豊田市での私の仕事のなかで、自然にそして直に、私はmanaging to learn(学びをマネージする)A3プロセスを見つけ出した。私はこの会社で最もよく使われているマネジメント・ツールを使って指導を受け、また、日本人の同僚たちがそのツールを使って教えられたり他の人々を教えたりしているところを目撃した。そのツールは、徹底的に視覚化された組織の「通貨」と言ってもよいものだった。同僚たちと私はほとんど毎日A3を書いた。私たちはよく冗談を言い、嘆き合ったものだ。私たちはいつも10回以上A3を書き直していた。A3を書いては直し、それを破り捨ててまた最初からやり直し、議論したり呪ったりした。実にそれらのすべては、私たち自身の考えを明確にし、他者から学び、他者に知らせたり教えたりもして、学んだものをしっかりと受け止め、判断を下し、そして何が起きているかをきちんと反省するというやり方のすべてを学ぶプロセスであったのだ。

毎年私はトヨタに新入社員が入って来るのを見た。大学を卒業したばかりの社員が会社の自分の机に着くと、そこには1枚のA3サイズの白い紙と、これから指導してくれる先輩、そして彼らが直接担当するよう与えられた何か1つの問題ないしプロジェクトが待っている。新入生たちは、最初の数カ月間は、それぞれにA3シンキングを通して鍛えられることになる。この間、どのように“go see”(ものごとが起きているまさにその現場に立って現実をよく見ること)し、問題の本質をつかむか、それをどのように分析するか、現状を改善するのに適した対策を打つために、どのようにして組織を動かし、イニシアチブをとるべきかを、彼らは繰り返し学ぶ。

私の上司がある時口にした言葉を聞いて、私は突然ひらめいた。「部下に対して、これをどのようにやるのかを、絶対に言ってはいけない。君がそれをやってしまうと、彼らから責任を奪ってしまうことになる」 彼の言葉は、トヨタの仕事がいかに「権限ベース」ではなく「責任ベース」で進められているかということを、はっきりと私に分からせてくれた。ほとんどすべての組織(実際すべての大組織)では、機能横断的に仕事を進めなければならないのに、その構造は機能別になっている。往々にして責任の所在は曖昧なまま意思決定は停滞し、誰もがその状態に不満を持つに至る組織構造だ。



プル・ベースの権限

これとはまったく対照的に、A3プロセスを正しく使えば、それは誰のどのような問題であるか、という不毛な「議論」(権限に注目した議論)から、やるべきことは何か、という建設的な「対話」(責任に注目した会話)への転換を促すことができる。この転換は、意思決定のやり方を根底から変えるものだ。問題解決の枠組みを明らかにする過程を通じてそれぞれの個人は実行の権限を獲得する。彼らはまた合意を形成し、彼らとその仲間が現場から引き出した明らかな事実にのみ依拠する意思決定を成さしむ。

しかしながら、人々を導くリーダーたちにとって、命令することをできるだけ避けることは、レッセ・フェール(自由放任)で放っておくことを意味するものでは決してない。理解しなければならないのは、トヨタのリーダーたちは、目下取り組んでいるプロセスについて学び、そして徹底的に理解するために、仕事のかなり込み入った詳細にまで深く関与することだ。質問し、指導し、教えることは、命令し管理することよりも優先される。これこそ、トヨタの先駆者、大野耐一氏の信念だ。現場のある一ヶ所に立ってじっと観察するだけで、人はその仕事に何が大切であるかを学ぶことができると彼は強く信じていた。レッセ・フェール放任主義の他人任せのマネージャーが、目標を設定してすべてを誰かに任せて満足してしまい、言うのはただ「どのようにやってくれても結構。君が結果を出しさえすればね」であるところ、トヨタのマネージャーならあなたがどのようにやるかを懸命に知ろうとするだろう。「君が考えていることを、どんなことでも知りたいんだ。君のプランを聞かせてほしい」と言いながら。こうあってこそ、マネージャーは問題解決ができる部下、つまりプロブレム・ソルバーを育てることができるのだ。

したがって、意思決定と行動は、計画と問題解決と絡み合っているのである。マネージャーの仕事は問題を正しく見ることだ。彼は、今そこで実際になされている仕事の詳細な内容にまでいちいち踏み込んで理解することによってのみ、それを達成することができる。このマネージャーと彼の部下たちが使うA3にはそれらの事実がすべて含まれている。問題は必ず存在すると仮定され、何ごとも計画通りには進まないと仮定される。トヨタのマネージャーがいつも「問題のないこと、それが問題だ」と言うことで知られる理由はこれだ3。そこにある問題、つまり私たちが必ずそこにあるはずと知っている問題を見て、それに対応することこそ、まさにすべてのマネージャーの仕事――そしてすべての社員にとっての仕事――だという認識を示すものである。A3を正しくチームの活動のなかで展開すれば、会社は問題を避けて通るのをやめることを学ぶのみならず、問題が存在することを学びと改善の絶好のチャンスとして認識し始めるだろう。

戦略をどのように展開するかを、地位に応じた権限に依拠して人々に指示する従来の「命令とコントロール」型のリーダーとは違って、トヨタのリーダーはむしろ「責任」に関心を寄せる。トヨタのリーダーなら、単純な命令はできるだけ慎み、事実をよく知り、事実に立脚し、固い信念を持ちつつ柔軟であることによって人々を率いることのほうをよしとするはずだ。別の言葉で言うなら、真のリーダーであることによって、である。

しかし、このような真のリーダーは、命令とコントロールを厳に慎むのみならず、啓蒙的で近代的と一般に受け取られているタイプのマネージャーのレッセ・フェール型放任主義アプローチとは対極的なスタイルとプロセスを信奉する。それは、今も多くの従来型のマネージャーが採用している、結果のみを志向する数字によるマネジメントのアプローチ――しばしば「目標による管理」というミスリードしがちな言葉で表現される――の対極をなすものだ。H. Thomas JohnsonがProfit Beyond Measure(数字を超えた利益)と指摘したように4、伝統的なマネージャーが結果をいじることで管理しようとするのはバックミラーを覗き込みながら運転するようなものであり、これとは対照的に、トヨタのマネージャーたちは結果を生み出す手段、つまりプロセスそのものを管理しようとする。

結果として、トヨタのマネジメントは「トップ・ダウン」でも「ボトム・アップ」でもないものとして理解する他ない。A3プロセスは、当該A3の作者でありオーナーである者、つまり紙の右上の端に書かれたイニシャルの人物の肩に、オーナーシップをきちんと置く。このA3のオーナーは、今回の提案のすべての要素について直接的な権限を持ってはいないかもしれない。しかしそれでも、このA3のオーナーは、意思決定を行わせ、決めたことを実行することに対し責任を持つ人として明確に特定される。

トヨタのマネジメント・システムの全体がこの1つの手法に集約されるというのは言いすぎだが(トヨタのマネージャー全員が常にこれらの特徴のすべてを表に出しているわけではない)、A3を正しく使うなら、トヨタをトヨタたらしめている卓越したマネジメント・シンキングを具現化できるはずと言うのはフェアではあるだろう。

トヨタは、「A3プロセスを取り入れて定着させる」ことを目標にしていたわけではない。むしろ、A3は、方針管理(戦略的マネジメント)と問題解決という2つの重要な仕事のマネジメント・プロセスで用いられる方法として立ち現われてきたものだった5。全社的なマクロなレベルでは、方針管理は組織としてのゴールを具体的な業務上の行動に結びつけるものであり、一方、個々人のミクロ・レベルでは定型化された問題解決が組織的な学びを創り出す。A3プロセスは両者を結びつけ、具現化するものだ。結果として、きちんとした方針管理プロセスや正しい問題解決プロセスを追求する会社は、A3プロセスを体得する絶好の挑戦と機会を発見することになる。

リーンへの旅の途上にある会社なら、どの階層にいる人でも、プロジェクトを提案し、イニシアチブをとり、オーナーシップを発揮し、アイデアを売り込み、合意を取り付け、そして学ぶための1つの方法として、A3を使うことができる。マネージャーたちはA3シンキングを使って指導し教えることができるし、明確な責任、オーナーシップ、アカウンタビリティを部下に与えることもできる。部下から良い計画を引き出し、人を育てるためだ。そして、組織はA3シンキングを使って人々をして意思決定させ、目標を設定し、やるべきことをきちんとやらせて、人々とチームを共通のゴールへと向かわせることができる。そして何より、より良い実効性、効率、改善への学びを実現することができる。A3は問題解決のツールとして、また同時に問題解決ができる人、つまりプロブレム・ソルバーを育てる構造化されたプロセスとして実効性のある役割を果たすものだ。A3は、科学的手法を広めることにも役立つ。科学的手法は、現実をよく観察し、集めたデータを使って問題を表現し、目標達成のためによく練られた改善策を提示し、さらには実績をチェックし必要に応じて調整するプロセスを使ってフォローアップするところまで実行するように仕向けるものであるからだ。



本書

今あなたは1冊の本を手にしているわけだが、その本の中には、もう1冊の本がある。1つはツールの基本を解説した本で、もう1つはその背後に横たわる学びのプロセスを描くものだ。

本編の物語は、リーンの基本になら十分に精通した若手マネージャー、デシ・ポーター6が、A3プロセスの中身と意味をどのように発見していくかを描く。彼が学ぶにつれて、A3提案でよく使われる重要な要素とその応用について読者も徐々に親しんでいくだろう。ポーターの物語はページの左側で進んでいく。一方、ポーターのA3による学びの物語は、そのカウンターパート(相手)によって、もっと深いところまで描き出される。カウンターパートは彼の上司のケン・サンダーソンだ。ケン・サンダーソンは学びのプロセスを使って我らが主人公デシ・ポーターを育てていく。左側を進むポーターの歩みに呼応するよう対置した部分(右側の囲み)はサンダーソンの行動の背後にある思考と洞察とを描く。サンダーソンの物語はページの右側を進んでいく。

メンター(育てる人)であるサンダーソンは、自身の問題とその解決のための意思決定について、本書に見るようにより幅広いアプローチをとろうとする。サンダーソンにとって、A3プロセスとは強固だが同時に敏感でもあるシステムとプロセスとをつくりあげる手段を表すものであり、そのシステムとプロセスが組織全体にわたって階層的に責任を落とし込んでいくと彼は理解している。そのねらいは、自ら考え、自らイニシアチブを発揮するように社員を励まし教えられるような、組織としての慣習・慣行・ものの考え方を定着させることだ。このシステムは、経験し、失敗から学び、意図的に準備された試行錯誤7を通して学ぶ、という最も自然な学び方を通して人々が学べるよう計画的につくられた機会を基盤として成り立っている。

したがって、本書のゴールは、謙虚であることと野心的であることの両方だ。

この本で、読者は1枚のA3提案をどう書いたらよいかを学ぶ。1枚のA3を書くことは、A3プロセスの使い方を学ぶための第一歩だ。それはつまり、学び方を学ぶということでもある。より良い問題解決、より良い意思決定、より効果的なコミュニケーション能力から得られる利益は、個々のA3の作者1人ひとりがこのアプローチをとればこそである。しかし、組織全体としてより広範にこのプロセスを取り入れるのでなければ、そこから得られる利益は限定的なものになってしまうだろう。A3が、使われていないSPC8チャートや、無視されている標準作業のシートや、会社の壁紙の如く軽視されているバリュー・ストリーム・マップたちの仲間入りをするようなら、すべての努力は「チェックボックスにチェックを入れる」類のものに堕落してしまうかもしれない。

あらゆる組織がこれらの原則に沿って業務を改善し、継続させようとして苦労していることを私は知っている。しかし、A3はより幅広いシステムにおける1つのツールに過ぎない。私の願いは、本編の物語と、マネジメントのものの見方の両方を実践することで、マネージャーとスーパーバイザーたちが彼らのリーン・ラーニングとリーン・リーダーシップをより良いものにしてくれることだ。読者が本書を読み始めるのに先立って、たずねなければならないことがある。「あなたはどのように管理したいですか? どのように人々をリードしたいですか?」

組織のすべての階層に責任と学びを落とし込んでいく強固なシステムとプロセスをつくれるようなやり方で管理しリードしたいとあなたが望むなら、A3マネジメントのスタイルとプロセスは、単なるA3サイズの紙としてではなく、あなたがそれをするための助けとなるはずだ。



ジョン・シュック

米国ミシガン州アナーバー

2008年10月



3 [訳注]トヨタでよく使われる言葉として知られているが、これは「何も報告がないからうまくいっていると考えることを戒めるものだ。」(正木邦彦氏)

4 [原注]H. Thomas Johnson, Lean Dilemma: Choose System Principles or Management Accounting Controls, Not Both, self―published paper and a winner of the 2007 Shingo Research Award, Sept. 26, 2006.

5 [訳注]A3の様式のルーツはQCサークルにおいていわゆるQCストーリーを描くのに使われていたA3サイズの紙の書き方に由来する(このため、トヨタ・グループの外側にあっても製造業に関係する日本人であればこの様式には問題解決のツールとして親近感を持っていると想像する)が、トヨタにおいてこれが非製造部門も含む全社にわたっての管理者の能力開発とマネジメントそのもののツールとして定着するに至るには、根本正夫氏(元トヨタ自動車専務取締役)が主導した「管理能力向上プログラム」(昭和54(1979)年開始)が契機となり、そこで教えを受けた管理者たちが組織的にそれぞれの部下に伝授するという努力の積み重ねがあったという。このような努力の一場面は本書の「むすび」でも原著者の回想の形で登場する。今日のトヨタ・グループにおけるA3の使われ方について言うなら、部門ごとに濃淡はあるものの、少なくともいくつかの部門とサプライヤーでは、今なお生きたツールとして活用されていると言えるだろう。

6 [訳注]主人公の名前Desiの発音は「デジ」に近いが、本書では「デシ」と呼ぶことにした。原著者によればこの名前デシ(Desi)は日本語の「弟子」に由来する。ヒスパニックに多い名前であり、アクメが田舎にあること(たとえばトヨタの工場があるケンタッキー州ジョージタウン)と、都会的洗練に対するトヨタ的素朴さ・実直さを示唆するものと思われる。

7 [訳注]意図的に準備された試行錯誤:人が効果的に学べるように、範囲無限の試行錯誤ではなく、メンターの想定の範囲で試行錯誤をやらせて、困らせること。一定の範囲内で困っているなら、メンターは観察し、励ましはするものの、助けない。「もっと困れ」とも言う。想定した範囲を超える危機に至るや即座に救出すべく出動するのもメンターの役割。

8 [訳注]SPC:Statistical Process Control。統計的プロセス制御、統計的工程管理とも呼ぶ。品質をつくり込むために統計的手法を用いてリアルタイムでプロセスを制御すること。

9 [原注]Training Within Industry Report (Washington, DC: War Manpower Commission, Bureau of Training, 1945). [訳注]総合的な国力で枢軸国を圧倒し第二次世界大戦に勝利することを期して1940年8月に米国で始まったトレーニング・プログラムTWI(Training Within Industry)は、戦後GHQの推奨によって日本に紹介され後の高度成長を支えることになった。1970年代までは熱心にTWIに取り組む日本企業(特に製造業)が少なくなかった。残念ながら、今日ではトヨタ・グループ以外ではあまり実践されていない。ここに登場する「生徒が学んでいないなら、それは先生が教えていないということだ」は、TWIの中で繰り返し指導される有名なフレーズ「相手が覚えていないのは、自分が教えなかったのだ」が基になっている。オリジナルのTWIは、仕事の教え方JI(Job Instruction)、改善の仕方JM(Job Method)、人の扱い方JR(Job Relations)、プログラム開発という4つのモジュールから構成されるが、トヨタでは特に「仕事の教え方(JI)」をToyota JIの意でT―JIと呼び、戦後すぐに輸入された形をほぼそのまま残し、今に至るもその訓練を続けている。一方、「改善の仕方(JM)」はトヨタ生産方式の改善のトレーニングで代替されており、「人の扱い方(JR)」は、今日ではトヨタ・コミュニケーション・スキルズ・コースになっている。良いものはしっかり継続しつつ、改善すべきものは学びながら変えていくというトヨタの強い信念と行動原則をここにも見ることができる。

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