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江戸・キューバに学ぶ“真”の持続型社会

定価(税込)  1,728円

著者
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サイズ 四六判
ページ数 192頁
ISBNコード 978-4-526-06321-3
コード C3034
発行月 2009年08月
ジャンル ビジネス 環境

内容

石油などの地球資源が不足する「資源制約」の時代になりつつある。資源を上手に循環させねば今のモノづくりは止まり、社会も止まる。本書は、この問題に関して、江戸やキューバの取り組みを具体的解決策として紹介、さらに、環境サービスの取り組みを明らかにし、持続可能な社会への戦略を提示する。

内藤 耕  著者プロフィール

産業技術総合研究所サービス工学研究センター次長、東京大学人工物工学研究センター客員研究員、工学博士。著書に『「産業科学技術」の哲学』(共著、東京大学出版会)、『入門!システム思考』(共著、講談社現代新書)、『イノベーション創出の方法論―革新を促す土壌とマネジメント』(共著、工業調査会)、『サービス工学入門』(編著、東京大学出版会)等がある。

石川英輔  著者プロフィール

作家。著書に『大江戸神仙伝』、『大江戸仙境録』、『大江戸遊仙記』、『大江戸えねるぎー事情』、『大江戸生活事情』、『大江戸番付事情』、『大江戸リサイクル事情』、『大江戸開府四百年事情』、『大江戸テクノロジー事情』、『2050年は江戸時代 衝撃のシミュレーション』、『江戸時代はエコ時代』(以上、講談社文庫)等がある。

吉田太郎  著者プロフィール

長野県農業大学校教授。著書に『200万都市が有機野菜で自給できるわけ 都市農業大国キューバ・リポート』、『1000万人が反グローバリズムで自給・自立できるわけ スローライフ大国キューバ・リポート』、『世界がキューバの高学力に注目するわけ』、『世界がキューバ医療を手本にするわけ』、『没落先進国キューバを日本が手本にしたいわけ(近刊)』(以上、築地書館)等がある。

岸上祐子  著者プロフィール

環境ジャーナリスト、編集者。著書に『ヤギの見る色どんな色?―実験240日の記録』(ポプラ社)、『つながる命』(共著、山と渓谷社)、『地球の未来と「水」』シリーズ(共著、さえら書房)等がある。

枝廣淳子  著者プロフィール

環境ジャーナリスト、翻訳家、(有)イーズ代表、(有)チェンジ・エージェント会長、NGOジャパン・フォー・サステナビリティ共同代表、東京大学人工物工学研究センター客員研究員。著書に『地球のなおし方』(共著、ダイヤモンド社)、『なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?』(共著、東洋経済新報社)、『入門!システム思考』(共著、講談社現代新書)、『地球とわたしをゆるめる暮らし』(大和書房)、『あなたも翻訳家になれる!』(ダイヤモンド社)、訳書に『不都合な真実』(アル・ゴア著、ランダムハウス講談社)等がある。

目次

目次



はじめに



第一章 資源制約が作る持続型社会とは

サステナビリティへの関心の高まり/資源制約から現在の技術開発の新たな方向性/製品製造の革新からサービスの革新へ/江戸とキューバに問題解決の光がある



第二章 資源循環の「江戸」

江戸時代が現代を生きる手がかりになる/現代人の一人当たり化石燃料使用エネルギーは一〇万キロカロリー/いつからこんなにエネルギーを使うようになった?/老人病が成人病に、そして生活習慣病へ/江戸人の一人当たり化石燃料使用エネルギーはゼロカロリー/江戸時代の人々の生活は本当に悲惨だったか?/江戸時代の人々の普通の生活/私たちはほんの少しのエネルギーで暮らせる/もっと低エネルギー生活をしよう



第三章 モノがない世界「キューバ」

キューバのどこに魅かれるのか/国家非常事態への見事な対応/未曾有の食料危機を招いた二つの要因/食料危機をしのぐための多様な試み/バイテクを利用した病害虫防除/バイオ肥料とミミズ堆肥/トラクターから牛への動力転換/持続可能な農業につながる牛耕/高収量の食料増産技術/健康面から野菜中心のアジア食の見直しを図る/微生物を利用して水を浄化する/ソーラーエネルギーの活用/自然エネルギーの活用よりは省エネ/国民参加型の植林運動を通じて国土の二五%まで森林再生/カンペシーノ運動キューバへ/現在をどう見るか〜メディアリテラシー/自由なき独裁国は不幸なのか



第四章 環境サービス胎動の「現代社会日本」

「便利で豊かな生活」の本当の意味/本当に豊かになっているのか?/豊かな未来社会へ/資源やエネルギー、環境の制約/資源制約によるモノづくりの限界/循環型社会へのハードランディング/大量生産、大量消費、大量廃棄からの脱却/江戸とキューバの循環システム/循環型社会への転換シナリオ/大規模物質循環システムの確立/環境サービス産業の成立条件/環境サービス胎動へ/これから取り組むべき課題



第五章 討論「循環型社会における生活と産業」

便利な世の中は忙しい/技術の消極的な産業応用/製造の革新からサービスの革新へ/先入観を変える/



おわりに

はじめに

はじめに

持続型社会に関する議論が活発化している。これは、現代社会が大量生産、大量消費、大量廃棄を前提として営まれ、それが生活のさまざまなところで歪みを生じさせ始めたからだ。

便利な製品は、生活や仕事に必要不可欠である一方、それらの製品を生産し、動かすエネルギーは膨大になり、大量の化石燃料が日々燃やされている。さらに、先端技術を使った製品には、多くの種類の鉱物資源が地下から採取され使われ、製品が廃棄されても地球の中に戻ることはなく、私たちの目の届かないところに持っていかれ、そこに捨て置かれている。こんなことを続けていけば、地球が有限である以上、今の私たちの生活や仕事を支えている多くの製品が、資源の制約からいずれつくれなくなるということは明白だ。そして今やこのことは、非常に近い将来起こるのか、それともまだまだ先なのかという時期だけの問題となりつつある。

もう少し具体的に見てみよう。これまで、便利で効率的な製品を多く社会に供給し、人々の生活を豊かにしてきた産業界の人類への貢献は計り知れない。この産業界が、ここ数年、地球環境問題を考慮し、利便性や効率性に加え、より環境に調和した製品の開発に積極的に取り組み、その普及促進を政府も支援している。しかし、地球は有限なのだ。世界人口の増加は急激であり、また多くの発展途上国の経済発展に伴い、近代的な製品を使っていなかった多くの人々もそれを使うようになり、生産されるモノの数は増え、結果として、資源消費量は拡大し続ける。これでは一つ一つの製品がたとえ省エネルギーや省資源であったとしても本質的な問題の解決にはならない。つまり、省資源や省エネルギーの努力は、資源消費量の一定の抑制につながるかもしれないが、人口の増加や経済の発展のスピードを考えれば、多くのところで議論されている持続型社会への転換には程遠いことが分かる。

このような問題意識から、なんとなく今の省エネルギーや省資源に向けた技術開発戦略や、これまでの利便性や効率性を追求し続ける技術開発の方向性が正しいのかということに疑問を持つようになった。

この曖昧な問題意識を約二年前から持ち始め、その後、本書を分担執筆した方々と個別に議論を積み重ねてきた。その結果、なんとか考えもまとまり、一つの仮説のようなものも持てるようになったことから、二〇〇九年三月には「循環型社会のつくり方:新しい資源循環のかたち」という小さなセミナーを開催し、さらなる議論を行った。セミナーでの議論は、江戸時代の事例を石川英輔氏(第二章)、キューバの事例を吉田太郎氏(第三章)、現代社会日本の事例を私と岸上祐子氏(第四章)、そして討論のコーディネータを枝廣淳子氏(第五章)が分担し、最終的にそこでの議論を書籍として取りまとめた。

簡単に著者の背景を紹介しておくと、石川氏は小説家、吉田氏は長野県農業大学校の教授で農業の専門家、私は、資源問題を専門としてきたが、今はサービスへの科学的・工学的手法の適用を目指している。岸上さんは、今も国内外を飛びまわり、環境分野の先進的取り組みの取材を続けている。枝廣さんは、環境ジャーナリストであり、地球環境問題を扱うNGOの共同代表も務めている。すなわち、背景も多岐にわたれば、また専門分野も違う。「いったい議論がうまくかみ合うのか」、自分でも一抹の不安があったのだが、蓋を開けてみると杞憂にすぎなかった。抽象的な総論に終わらないよう可能な限り具体的な事例をベースに持続型社会の生活と産業について論じてもらったのだが、各事例の背後にある意外な共通項が見えて来たのである。

セミナーの最後に行った総合討論でも、各パネラーの議論が大きく盛り上がっただけでなく、「おもしろかった」「参考になった」とセミナーの参加者からも予想以上の高い反響をいただいた。こうしたシナジーが起こりえたのも、各執筆者が異なる視点と異なるフィールドから出発したにも拘わらず、目指すべきテーマが、「持続型社会における生活と産業の姿」と一貫していたためであろう。なお、この結果もふまえ、各執筆者にはセミナーでの発言内容を参考に大幅に加筆や修正をしてもらった。したがって、セミナーで見出されたシンクロ率がより高まっているであろうし、目指すべき持続型社会の到達点や社会像もより明確となったと感じている。

さて、本書を手にされた読者は、持続型社会における生活が不便なだけでなく、過酷なものだとの不安を感じておられよう。「環境に良いことはわかっていても、今さら江戸時代には戻れない」「キューバには行きたくない」との言もよく耳にする。だが、本書を読んでいただき、江戸時代やキューバの事例を見ると、今ある製品を失うことが生活の質を落とすことにつながるのではなく、逆に上げるのだ、ということが見えてくる。言い方を変えると、現代社会のように効率的な社会は、効率的であるがゆえにどうしても忙しなくなり、逆に江戸やキューバのような非効率的で不便な社会の方がのんびりしていて、豊かだという奇妙なパラドックスがあることが分かってくるのだ。

今の生活は、一見便利なようで、子どもが夜更かしし、幼い子どもですら成人病を患い、ワーキングプアが問題とされ、リストラ失業者を中心に年間三万人もの自殺者が出ている一方で、ワーカーホリックと持ち帰り残業で疲労困憊しているサラリーマンたちがいる。つまり、持続型社会での生活は、現代の忙しい生活と比べた場合、見方によっては必ずしも過酷ではないのだ。

さらに、今の日本が決定的に有利なのは江戸時代やキューバと違い、最先端の知識と科学技術を手にしていること、そして資源循環を市場の力で促す新しい環境サービス産業の萌芽が見られることだ。これまでの研究開発は産業の生産性の向上や生活の利便性、効率性にのみ向けられてきた。しかし、日々の暮らしの中にある娯楽や芸術の発展、そして製品のメンテナンスやリユース、マテリアルリサイクルといった環境サービスへとその科学技術の内容や開発の方向性をシフトできれば、人類の未来は明るいと考えることができる。私はそう信じているし、本書をお読みいただけた読者も賛同していただけるのではないだろうか。

二〇〇九年八月吉日

執筆者を代表して 内藤 耕

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