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新幹線安全神話はこうしてつくられた

定価(税込)  2,090円

著者
サイズ A5判
ページ数 256頁
ISBNコード 978-4-526-05728-1
コード C3034
発行月 2006年09月
ジャンル ビジネス

内容

新幹線は開業直後、トイレ吹き上げや非常扉吹き飛び、さらには車軸折損であわや大惨事という知られざる事故さえ起きていた。当時国鉄新幹線支社の幹部だった著者が、続発する事故を乗り越え、絶対的な安全性を確立するまでの数々の出来事を初めて明らかにする。

齋藤雅男  著者プロフィール

齋藤 雅男(さいとう まさお)
国際連合開発計画 エグゼクティブ・アドバイザー(鉄道工学専門家)
1919年生まれ。
1944年早稲田大学理工学部卒、1946年運輸省入省。国鉄にて運転、車両の現場を経験。岡山鉄道管理局運転部長、労働科学研究所初代次長などを経て1965年6月、東海道新幹線支社運転車両部長。1972年労働科学研究所長で退任。現在も台湾新幹線をはじめ、国内・海外を問わず、精力的に技術指導に当たっている。
著書「社会風土と鉄道技術」(中央書院)など。

目次

はじめに  

第1章 開業に向けて  
十河信二氏が総裁就任/幹線調査会の答申まとまる
8000万ドルの世銀借款/国会議員を前に大熱弁
新丹那トンネル東口で起工式
労働集約型の限界、三河島事故発生
東海道新幹線開業準備委員会の設置
愛称名「ひかり」「こだま」に決定

第2章 東海道新幹線開業  
東海道新幹線支社の発足/世界初の高速鉄道開業
開業に伴う東海道本線の変更
管理運営の要「総合指令所」の役割
現業機関の業務/新幹線電車運転士の勤務
検修技術の向上と統計分析/新幹線職員の勤務形態
職員の教育訓練/開業直後の状況
懸念される縦割り組織の弊害/開業後の乗客の増加

第3章 安全・安定を求めて  
頻発し始めた故障と事故、その原因は何か
動態試験の実施/マスコミに頻繁に登場
労研次長から東海道新幹線支社運転車両部長に
ここまでひどいとは…/新次長赴任
東京駅出発線で脱線事故/新幹線に幽霊が出た
新しい空転検知器の開発へ/台風17号による一斉運休
3時間10分運転のダイヤを作成
パンタグラフと架線の改善も急務/晴れた日に車内で雨漏り?
160信号の理由/高架橋が沈下した
50Tレールを60キログラムレールに
運転時間帯と作業時間帯との区別
脱線係数の測定/脱線係数の決定

第4章 やってみて初めて分かった時速210キロメートル営業運転の問題点  
3時間10分運転開始へ
運転室に添乗、1日で1030キロメートルを走破
便所が吹き上げる!/軌道中心間隔4200ミリメートルは狭い
ホームで感電、帰線回路を設置
コートが挟まり引きずられ…黄色バンドのきっかけ
間違えないためには憶えるな/チェックリストの徹底
深夜、小田原駅でのこと/消えていった“声”
指令用語の統一/高速運転による雪氷害の怖さ
名古屋駅での雪落とし作戦/初期の車両には非常ドアがあった
屋根カバーのボルトの締めすぎ
雪害実験を開始/強くなってきた事故対応能力
「こだま号」での乗客窒息事件
昭和41年4月25日、車軸事故発生
浜松工場での事故調査/車軸検査方式の変更と徹底
再度の車軸事故を未然に防止
耐震列車防護装置の取り付け完了/広報課の設置
支社長の交代/総合点呼の開始
台風4号による運休/運転特例法違反第1号
さらに進む車両の増備/雪害対策の本格的検討始まる
スプリンクラーの設置/利用者の意識が変わる
大晦日の新大阪駅で/故障件数と記者クラブ
スプリンクラー延伸と降雪の予測/雪氷学会での講演
東京駅16番線の完成/車両関係技術検討会を始める

第5章 安定期に入った新幹線  
新基準規程の制定/車両を浸水から守れ!
新聞記者用に参考資料を作成/源氏物語事件
乗客の混雑に応じた臨時列車の増発/大事故を防いだ総合点呼
先頭軸からの速度検知をやめる/力のついてきた新幹線
憶えることは絶対禁止/車両の検修回帰キロの改正
次長昇格の話/新幹線は輸送サービス業だ
次長の発令と吹雪の関東/車輪の研磨と速度超過
編成車両の増加と三島車両基地の完成
昭和43年10月1日、ダイヤの全面改正
新幹線、在来線を助ける/世界が注目する新幹線
西ドイツ運輸省での討論
日伊経済研究会・伊国技術産業協会主催の講演会
大阪万国博および岡山開業対策/三島駅開業と3連休
在来線のトラブルを新幹線が
大阪運転所台車検査職場の近代化/「ひかり号」の16両化
大阪万国博覧会輸送は成功

終わりに  

※本文中の写真は、特に明示したもの以外は交通新聞社からの提供です

はじめに

 東海道新幹線が、世界の注目を浴びて開業して以来すでに40年余りが過ぎた。その間の、列車運行の定時性はじめ、経営の実態については、今さら論ずるまでもない。また、建設についての資料や論文も数多く発表されている。しかし、開業後に発生した数多くの事故・事件については、余りにも公表された資料は少なく、世間には知られていない。俗に「仏作って魂を入れず」という諺がある。本書では、東海道新幹線が開業して以来、幾多の予想もしなかった難問を一つひとつ解決して、安定した高速鉄道が出来上がっていく、その過程について述べる。

 いま、一般の人は「新幹線」に対して、圧倒的なスピードと、ダイヤの正確さをイメージするであろう。そして、その込み入ったダイヤでの高速運転を保証している「絶対的な安全性」を感じてもらえるのであれば、我々新幹線に携わった者としては本望である。スピードも、定時性も、この安全性が確保されてこそ現実のものとなっており、それが高速輸送手段としての新幹線へのゆるぎない信頼性の根幹をなしているということをぜひ理解してほしい。

 東海道新幹線はまもなく42歳となる。当然だが、いまの若い人たちは、「新幹線は信用できない」とまで言われていた開業直後のことなど、知るよしもない。彼らにとっては、もの心がついた時から、新幹線は「速くて、正確」であった。そして、その安全性と信頼性は新幹線が誕生したときから出来上がっていたものだと思っているかもしれない。しかし、新幹線は完全無欠で生まれてきたのではない。開業直後の数年間は、想定さえできなかった出来事の連続で、中には、ほんの少しでもタイミングがずれていれば、あわや大惨事になりかねなかった故障・事故も少なくなかったのだ。

 確かに、現在の新幹線の安全性には、自他ともに認めるゆるぎない信頼性を持っている。時には「安全神話」とさえ呼ばれることもある。本書のタイトルにも「安全神話」という言葉が用いられているが、私自身はこのタイトルに不満である。開業当時の混乱期、世界のどこにも手本とするものがない中で、新幹線の安全性を確立させるために、日々必死の努力を重ねてきた我々にとっては、現在の新幹線の安全性や信頼性は、神話でもなんでもなく、自分たちが研鑽に研鑽を重ねて、実現してきた現実そのものなのである。神の手によるものでもなく、また、ハードウエアさえ整えれば自動的に達成されるわけでもなく、すべて基本は日本人の手によって積み重ねてきた実績の成果なのだ。

 新幹線の開業に当たっては、「絶対的な安全性、信頼性」の確立が至上命題とされていたが、何かを参考にしようにも前例がなく、自分たちが手探りでことを進めていくしかなかった。私は、我々の貴重な体験を今の世に伝え、生かしていくことが使命だと感じている。設備、装置、構築物などのハードと、制御のための情報通信システムやコンピューターソフトウエア、そしてそこに携わる要員。不特定多数の大勢の利用者や周辺地域の市民がかかわりを持つような巨大なシステム全体が絶対的な信頼性、安全性を有していなければならない状況は、鉄道ばかりでなく、航空運輸、発電所を中心とした電力インフラ、またあるいは超高層ビルや巨大工場についても同様のことが言えよう。宇宙・海洋開発においても、安全性の確保、信頼性の確立というのは、欠くことができない。さらには、何か新しい、フロンテアとしてのプロジェクトであれば、分野・内容を問わず、その進行のさせ方を考える上で、我々の経験が必ずや生かせるはずだ。それまでの常識・知見が通用しない世界に挑むすべての人に、何らかの参考となれば幸いである。

 ところで、本題に入る前に、新幹線の定義をしてみたい。「新幹線」という言葉が初めて使われたのは、「戦前の弾丸列車構想の中だ」という人もいるが、それは「新しい幹線鉄道」という意味で使っていたに過ぎない。というのは、東海道新幹線開業の当日、東京駅には「東海道高速線」という案内板が出ていたことから、開業を迎えても、国鉄内部でさえまだ徹底はされていなかった。こういうことから、「新幹線」という言葉が公式に用いられるようになったのは、昭和33年4月に「新幹線建設基準調査会」が設立されてからと考えた方が自然だ。

 では、新幹線は在来の鉄道とどこが違うのか。それを明らかにすることが、「新幹線とは何か」を定義することにつながる。「新幹線とは、土木、建築、車両、電力、信号、通信、コンピューター、人間科学などあらゆる高度技術が整合されたハードとソフトの完結したもの」
 これが新幹線の定義である。

2006年6月
齋藤 雅男 

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